2017年9月8日金曜日

不義

前項を引き継いで、少し政治倫理について記してみます。大した話ではありません。

週刊誌の不倫記事掲載がきっかけとなった山尾離党問題について巷間種々雑多な意見が飛び交っています。興味を引いたの記事の一つは民進議員のご多分に漏れない、天に唾する姿勢というか、強力なブーメランの突き刺さり具合にあります。

山尾志桜里議員が致命的なのは不倫より「ダブスタ」
その一方で、勿論ダブルスタンダードは問題だが、不倫は人として倫理的に許されない、政治家なら尚更、といった見方もあります。
山尾志桜里女史の不倫話、マスコミ的には中立的な総括が難しいらしい
下リンクには対立する賛否両論の理由が挙げられていますがどちらかといえば”賛成はしないが擁護する”といった姿勢を感じます。
政治倫理と政治家の出処進退について思うこと
この辺りを基に政治家の不倫行為について、その是非というか非であることの論立てを試みます。

ただ、政治家の不倫行為の否定を、社会通念上のモラルに反するからとの理由に直ちに結びつけるつもりはありません。不倫行為自体の道徳的善悪については言及しないということです。曲りなりにも法治国家である日本社会において不倫行為は犯罪とはされていません。当事者、関係者間が円満だろうが軋轢を生じようが、解決しようが、泥沼化しようがどうでもいい事案であるのは確かです。

しかしながら、それはあくまで公人私人における私人の場合の話です。公益に影響しない、私人の不倫行為など当事者、関係者でない限り、どうぞご勝手にというか、そもそも知る由がありません。しばしば芸能人、著名人の不倫報道が巷間を賑わせます。社会的影響はないとまで言えませんが、そもそも公益に資する責務を持たない方々の行為は、あくまで影響に留まり公益を損なったと断じることはできません。

翻って、時には選良と称される代議士等、公人はどうでしょうか。

前の騒動でも示されるように、真偽が定かでなくとも明らかに公益に損失を与えているとみています。公人の不倫行為が容認できない主な理由は、国益を含む公益の毀損に繋がるその非生産性にある、と考えます。

不倫行為は何を生み出すか、延長には何があるかを考慮してみると、それはやはり不毛だったり面倒の語に尽きるのではないかと。そこに労力、金、時間といった資源が投入、浪費されるわけです。私人であるならばどうでもいい話ですが、公人の場合、金は公金でないとしても労力、時間の公私は確実に混同してしまいます。切り分け、線引きなど不可能でしょう。本来ならば公務に費消されるべき労力、時間が不倫行為に関わる面倒に投入されれば公務の生産性が低下するのは当然です。

こういった生産性の低下を承知で不倫行為を選択するということは、公務他の部分においても非合理的な選択を行う恐れを排除できないことを意味します。そういった姿勢を垣間見てしまうと公務での判断の適切性に疑義が生じてしまいます。

例えば公務には、苦渋の決断を迫られ、中立性を欠いたかに受け止められる裁定を下さざるを得ない事案もあるわけです。この時、当事者がその決断をやむを得ない、致し方ないとして理解納得するには、判断合理性を拠所とする他ありません。その部分に疑義が生じると決断の説得性、信頼性が揺らいでしまいます。率直な物言いをすれば、
”不倫する政治家の発言など信用できるか
いうことです。

こういった時、しばしば、
どんなスキャンダルがあっても、政治家としてきちんと成果を出していればそれで良い
ちゃんと仕事をしてくれれば、たとえ下半身がだらしなくても構わない
といった声が上がります。この☓☓をしても政治家として成果を出せば構わない的な意見は首肯できません。(☓☓人、或いは政治家として社会通念上負の印象を与える行動を示します。)違和感を禁じ得ないわけです。ポジショントークなんでしょうか。

”不倫をしても...”とする姿勢は、法令抵触しない範囲内において、”差別、偏向をしても...”、”私腹を肥しても、私欲に囚われても...”、”お手盛り、不正、情実であっても...”、”パンツを盗んでも...”との間に大きな差異が見出せません。

これまで与野党は問わないものの、特に政権与党において数多の政府閣僚、議員が失言で辞任、辞職に追い込まれてきました。”不倫をしても政治家として成果を出せば構わない”なら、”失言しても政治家として成果を出せば構わない”が容認できてしまいます。

前者は肯定され、後者は否定されるというのも整合性が感じられずダブルスタンダードです。道義的責任、任命責任、政治倫理といった実体が不明瞭な語が不毛な国会答弁に頻繁に持ち込まれます。ここに失言は含まれても不倫は対象外なんでしょうか。


(追記していきます)

致命

最も効果的なタイミングで作意はもちろん感じていますが...

えーと。幹事長内定のお祝いですか。そうですか。北朝鮮が水爆実験だのICBMだの、それを受けて経済制裁どうしようとかやってる時に、我関せずと党内人事と醜聞...まぁ、民進らしというか。野党体質全開です。どうでもいい話を少し続けます。


北朝鮮の事案がなかったらもっと辟易する騒ぎになっていたであろうことは想像に難くありません。この際、不倫党とか離党党でも結党して第三の勢力を目指すとか。社会は常にヒールとかサンドバッグを必要としています。

先ほど山尾氏離党の報道がありました。あれっ。体よく沈みゆく船から逃げ出す方便なのか。その節操のなさを生かして自民か都ファ系新党に入党してしまうというのもありかもしれません。

この離党についての記者会見ですが、当人は週刊誌報道の根幹部分は否定していました。不当な圧力、ペンの暴力に屈したということなんでしょうか、腑に落ちないものを感じます。検察官出身であるにも拘わらず?

結局事実か否かは藪の中なのか。これではガソリンプリカの話と何ら変わりありません。

勘ぐれば、第二、第三の仕掛けが爆発する前に離党とか...追い討ちされて窮地に追い込まれた先例は枚挙に暇がありません。

例え報道が虚偽であったとしても検察出身であるが故にそういった不当な圧力に抗えなかったのかも。自身自らがかつてそういった不当な圧力を加え得る組織に属していたわけで、メディアスクラムを含む不当な力の暴力性を十分認識していたんじゃないかと。損得勘定をしてさっさと白旗を掲げるという判断があったとも憶測できます。

でですね、冒頭のタイミングを慮れば、民進の新鮮味のない新党首について、党内に相当の反というか嫌の根深い力が潜んでいるように思えてなりません。前回は永田メールで辞任、今回は山尾離党事案で船出前の座礁と、自らの関与しない失点で足を引っ張られる悲運の代表といった印象が否めません。だからといって野党代表として資質、能力があるということではなく、それが正に”民進”である、ということです。

まぁ、勝手にどうぞ、というのが率直な所感です。関心は、
当該選挙区の旧民主、民進の薬物議員、不倫議員に続く次は何だ?
頻繁に当該選挙区内の”民進党 山尾志桜里”のポスター、看板を目にするのですがいつまで掲示するのだろうか?
民進はどれだけ人が減れば政党としてまともになるのか
いった処にあります。

2017年9月4日月曜日

泡沫2

前のエントリに続けての話です。

パンについてのブログやレビューを頻繁に目にします。少なくとも白飯についてよりは多いのではないでしょうか。

こういったパンの風味についてのブログを眺めてみると、勿論、食パンやハード系食事パンについての言及もあるのですが、それ以上に菓子パン、惣菜パンに関してより多く語られていることに気づきます。

菓子パンと言えばあんぱん、クリームパン、メロンパンが典型で、惣菜パンは、カレー、やきそば、コロッケやトンカツ等のフライ、オムレツや茹で玉子、(生)ハム、ベーコン、ソーセージ等の畜産加工品、ツナ、スモークサーモン、オイルサーディン等の水産加工品、その他チーズ、コーン、トマト、レタス等々乳製品や野菜とパンを合わせたサンドウィッチ様のパンです。

他にはレーズンや無花果、クランベリーといったドライフルーツや胡桃などのナッツ、チョコチップを生地に練りこんで焼き上げたパンについてもレビューされていたりします。

で、素朴な疑問なんですが、これらのパンについて語ることは果たしてパンの美味しさについて述べたことになるのだろうか、ということです。

まぁ、どうでもいい話ですが...

米飯に当てはめてみると、例えば、菓子パンはおはぎやぼたもちに、惣菜パンはカレーライス、カツ丼、天丼、牛丼だったり、天津丼、更には海鮮丼、うな丼に対応しているのでは、と思うわけです。

ドライフルーツやナッツ入りのパンには、対応するものとして筍や鶏肉の釜飯だったり栗や青豆の混ぜ御飯といった処が思い浮かびます。

この関係を踏まえて、カツサンドとカツ丼で考えてみます。これまでカツサンドとカツ丼の風味について様々な言及、評価を目にしてきました。その中でカツサンドのパン、カツ丼の白飯そのものに焦点をあてた記述は殆ど記憶にありません。全くとしても過言ではない程です。

せいぜい、カツ丼で白飯の量が多い少ない、炊き方の巧拙でよほどよくない場合、自身の腹具合でご飯が進むとか、そんな処でしょうか。言及のほぼ全てはアタマと丼ツユについてのものです。カツが揚げ立てだとか、カツの肉の厚い薄い、堅い柔かい、豚肉の味わい、衣の厚い薄い、衣と肉の密着性や、丼ツユの滲みこみ具合、卵の白身と黄身の混ぜ具合、火の入れ加減だったり、丼ツユの甘い辛い、薄い濃い、多い少ないなどです。他には三つ葉は不要とか玉葱より長ネギのほうが好みだとか...変わったところでは味噌カツ丼、ソースカツ丼、デミソースカツ丼についての記述でしょうか。

これをカツサンドに当て嵌めてみると、やはりカツ自体の旨さだったり、キャベツだったり、ソースがとんかつソース、味噌ソース、サルサソースだの、といった話になります。

つまり、カツサンドを含む惣菜パンではパンの風味はそれほど重視されておらず、批判されない程度にそこそこのパンが使われていればそれで十分、ということではないでしょうか。

惣菜パンの美味しいパン屋はパンの美味しい店ではなく、惣菜が美味しいパン屋です。まぁ、惣菜パンに用いられる惣菜は外れようがないものが殆どと思いますが。そういった視点に立てば、例えばカツサンドならそれを作っているトンカツ屋や精肉店の方が優っているような気がします。極論すれば美味しい惣菜を入手して適当なパンを自分で組み合わせても外れはないような...

これまで名古屋やその近郊でいくつものパン屋が美味しい店として話題になりましたが、こと惣菜パンに限ればそれを以てして美味しいパンの店と評価するのもちょっと違うのでは、と思った次第です。

驚くべきことに、近所のドラッグストアで税抜70円の食パン一斤に-30%のシールが貼付されて並んでいました。巷間、エシレのバターをふんだんに使用したという高級食パンが話題になったりしますが、前者のパンにエシレのバターをたっぷり塗って較べてみたい処です。

ただ、やはり残暑厳しい今の時期なら食パンより胡瓜かトマトではないでしょうか。例えばにいみ農園のいい時期のトマト、或いは瑞々しい生の胡瓜や辛子漬けスライスを薄めに切った食パンに添えて頬張れば、パンの風味の多少の差異など気になりません。

信用

ここまでユーザー視点が欠如している企業というのも珍しく備忘録として。

ザクッと言えばKDDIって間抜けなのか、ということです。いくつかのブランド企業活動していますから、本社なのか関連会社なのかは存じません。KDDIが運営するau WALLET ポイントと、KDDI、LUXA協業による通販サイトau WALLET Market powered by LUXAについての話です。

偶々、KDDIの株主優待券としてKDDI運営の物販サービス"au WALLET Market"で利用できるギフト券を譲り受けたわけです。利用するにはau WALLET Marketの会員登録をしてau IDを取得する必要がありました。auという名称が通信キャリア大手KDDIのブランド名であることは勿論存じているものの、該ブランドの通信回線は契約していませんでした。

そういった前提で、auという通信のブランドのアカウントなど作成できるのだろうか、ちょっと不思議でした。が、結果としてIDを取得できました。通常は契約者番号が初期IDになるようですが、未契約者は任意の英数字の組み合わせでIDを設定できました。

その後、食料品、家電等、それなりに物品の購入をしてきました。掲載商品数は少ないものの、まぁ、Yahoo、Amazon、楽天といったECサイトと同等に捉えていました。

で8月中旬の先日、"サービスリニューアルのお知らせ"を受信したわけですが、その中に
”回線の未契約者は8月末を目処に商品購入ができなくなります”
とありました...株主優待券まで配って大々的に始めたサービスを4ヶ月で打ち切るってマヌケなんでしょうか。計画性のなさというか、その短慮さに呆れています。

更に、なんだかよくわからなかったのですが商品購入に際し購入額に応じてWALLETポイントと称するポイントが蓄積されていきました。この名のポイントは以前耳にしており、auの通信料金に応じてポイントが貯まり、そのポイントを通信やその他サービスの料金に充当できる制度だったかと。ドコモ他のキャリアも採用している同じようなポイントシステムなんだろう、という覚えです。

これが回線未契約者のアカウントに貯まっていくのは不思議でしたが、WALLET Marketという形で物販サイトの拡充を始めたわけですから、ポイントの適用範囲も広げたんだろうと単純にそう思っていました。商品購入時にエラーが頻発した際、このエラーと併せて”回線未契約者ですがポイント使用できますか”とサイト運営者(au WALLET Market powered by LUXA)問い合わせていますが、”回線未契約者はポイント使用不可”との回答はありませんでした。

しかしながら、商品の購入に該WALLETポイントが使用できたことは一度もなく、こちらも”そのうちシステムが改善されていくのだろう”とポイントを使わないまま商品の購入を続けてきました。そこへこの度の"サービスリニューアルのお知らせ"です。マヌケであってもサービス運営側が”商品購入ができなくなります”とするならば従わざるを得ません。

エラーを解消してポイント消化、アカウント削除を進めるべく、ポイントが使えずエラー出ることについて再度問い合せをしました。エラーの際表示されたエラーコードをメールに明記してサイト運営者(au WALLET Market powered by LUXA)に送った処、
”そのエラーはKDDIお客さまセンターにお問い合わせ下さい”
とのこと。WALLETポイントの管理というかハンドリングはKDDIが行っているようです。問い合わせの結果は

”au回線の未契約者はポイントが使用できないため表示されるエラーです。”
とのこと...ボケナスか?ポイントが使えないことが不快にさせているのではなく、これまでの対応に苛立ちを感じさせます。そういう懸念があったからいちいち問い合わせをしたにも拘らずこの対応...
”回線の未契約者は使えないならその旨明示しとけ。”
というのが率直な思いです。そもそもポイントが利用できないアカウントにポイントを表示するシステムの仕様がおかしく、考慮が不十分です。購買意欲を煽る目的で、意図的に使えもしないポイントを表示して、問い合わせにも使えない旨を回答しないのであれば、景表法違反との指摘も免れない事案ではないでしょうか。

加えて、”2017年8月末を目途にサービスリニューアル”という告知に対し、8月28日に前倒ししてサービスリニューアルが実施され商品購入が不可となりました。通常の企業において、ここまで日程がアバウトな事例は経験がありません。確かに、予定が遅れることはありますが前倒しにすとは思いもよりませんでした。新環境は構築できているわけですから予定日時まで待つだけの話です。個人事業なのか?

ま、余程のっぴきならない事情がない限り、au回線の契約はしないだろう、という結論に落ち着きました。

最近、
YoutuberヒカルさんのVALU事件、いろんな方面に延焼中
といった話題がありましたが、通信業界の雄の利用者に対する姿勢がこの程度なら、さもありなんといったところでしょうか。

ついでに該サイトのエラーについて問い合わせた際の対応についても苦言を呈しておきます。

エラーが表示されて商品が購入できなかったことに対する回答です。背景付文が引用です。
いつもご利用ありがとうございます。au WALLET Market powered by LUXA カスタマーサポート担当の  と申します。
お問い合わせの件、ご購入が出来ない状況とのこと、大変ご不便をおかけしております。
恐れ入りますが、以下の方法をお試しいただけますでしょうか。
・一旦ログアウトし、ブラウザを閉じて、しばらく経ってから再度ログインする
しばらくって...抽象的すぎです。時間か、〇〇が☓☓になるまで等を明示するべきで指示が雑です。
・キャッシュ(履歴)を削除してから再度アクセスする
当該サイトのキャッシュのみを削除すれば十分ですがそれらを検索、抽出する必要があります。で、おそらくHDDに保存されている全てのキャッシュを削除することになろうかと。うっかり削除してしまうと、以前の履歴が必要になった時、履歴を追えず困ることになります。当該サイトの閲覧や商品購入操作は、PC利用のほんの一部に過ぎません。そこで起きた問題を解決するために他で必要になるかもしれない履歴を削除させるのも如何なものかと受け止めています。Yahoo、Amazonといった他のECサイトでは何ら問題なく商品購入ができていますから、あくまでau WALLET Market powered by LUXAのシステム側の問題でしょう。上記文からはそういった認識が欠けているように感じます。
・ご利用の端末を変更し、再度アクセスする
偶々、複数台のPCが利用できる環境ですがエラーが出たら離席して別のPCからアクセスしろと?試してみて解消されませんでしたが、購入者の側でそれを行わなければならないのも...該サイトからの商品購入にそれほどかかずらうほど暇じゃありません。購入者側からすれば、商品購入手続きなど他のECサイトと同様にサクッと終えて当然と捉えていますし。
・画面をリロードする
この程度のことを試すのは抵抗ありませんけど。
上記をお試しいただいても状況が改善されない場合、詳しくお調べさせていただきますので、大変お手数ではございますが、下記フォームに記載の上、本メールへご返信をお願いいたします。
上記文言が又イラッとさせるわけです。上述の操作を試してみて改善されない場合に始めて”詳しくお調べさせていただきます”て...上述の試行が詳しく調べるための条件になっているわけです。”エラーが出る?これを試したら調べてやるよ。”というのはECサイトの姿勢として疑問符をつけざるを得ません。
--------------ご返信フォーム-------------------
1.au WALLET Marketへアクセスした端末とその端末のバージョン(例:Android6.0.1、iOS 10.2.1)
2.利用アプリケーションおよびそのバージョンまたは種類
a.アプリ:アプリのバージョンを記載 (例:バージョン1.1.4)
b.ウェブ:利用ブラウザの種類(例:Internet Explorer、Google Chrome、Safari等)
上記「a~b」のうちから1つ選んでご記入ください:
a.バージョン/b.種類 をご記入ください:
この辺りは、商品購入ができないことに対し何故一々、と面倒に思いながらも記入すると思います。ただ、不具合の出る既知の事例を開示しておくべきです。

3.次のどの操作をした時にエラーが出ましたか。
a.カート画面から「購入手続きに進む」を押したとき
b.購入手続き(配送情報のご確認)画面で「次へ」を押したとき
c.購入手続き(決済方法のご確認)画面で「確認画面に進む」を押したとき
d.購入内容確認画面で「販売規約に同意して購入を確定する」を押したとき
e.その他
上記「a~e」のうちから1つ選んでご記入ください:
※「e.その他」の場合はどの画面でどの操作をしたときにエラーになったかできるだけ詳しくご記載ください。
ここまでも選択だけですから、記入に抵抗はありません。しかしながら、

4.エラーメッセージをできるだけ正確に記載してください。
5.エラーが発生した日時をできるだけ正確に記載してください。(例:6月1日11時30分頃)
6.エラーが発生した商品名をできるだけ正確に記載してください。(例:便利ハンガー 30ピンチ)
7.エラーが発生する直前の操作をできるだけ詳しくご記載ください。
(例:6000円以上で使える1500円ギフト券を利用し、auかんたん決済を選択して「確認画面に進む」を押したらエラーとなった)
できるだけ正確にできるだけ詳しくと尋ねてくるこれらの問は応える気を失せさせます。ECサイトにおける一般的な購入操作ではエラーが表示されて購入できないことなどユーザーは想定していません。購入したい商品があればカートに入れて支払い手続きを済ます、ただそれだけです。ここで例えばポイントを利用しようとしてエラーが表示されたならば、ポイントを使わず購入するか、購入を取りやめるかのいずれかの選択しかありません。上記4.〜7.の項目を控えておく気など毛頭ありません。4.〜7.を記載できるのは、エラーが出て購入できないことが明らかであるにも拘らず、それでも何とかして購入したい商品がある場合でしょうか。それほどに心動かされる、購買意欲を駆り立てられる商品など思いあたりませんし、そうであれば他のECサイトで購入します。

”エラーが出て購入できないから何とかしろ”、という要求にあれしろ、これしろとか、あれはどうだった、これはどうだったなどと詳細な説明を求めるECサイトのカスタマーサポートというのも、”使えねぇなぁ”と強く実感した次第です。

2017年8月10日木曜日

物差

初夏の辺りから、ネット上でなんとなく鰻加工品(釜飯の素、佃煮、冷凍蒲焼き等)の広告が目につくなぁ、と思っていた処、
ウナギ、今夏は安く 稚魚の漁獲増える
まぁ、そういうことかと。

で、8月中旬の今日に至るまで、予想通り大手流通、外食チェーン、ラジオ、ネット通販で販売合戦が繰り広げられています。恰も鰻資源枯渇の問題は解決したかのようなその節操のなさは目に余ります。

もう少し、鰻に対し謙虚に、そして食材として丁寧に扱え、率直に思います。ただ、スーパーやコンビニ等、流通業者の根底に染み付いた、廃棄を厭わない鰻のイベント商材的扱いを目の当たりにすると、”資源枯渇に向かうのも当然”といった感が強くあります。巷間、販売ノルマ、押し込み販売、売れ残り廃棄でしばしば耳目を集める、恵方巻き、おせち、クリスマスケーキに通底した姿勢が、資源の持続性が危ぶまれている鰻にもそのまま当て嵌められているということです。

大元の思想は、
多くのお店が廃棄ロスを恐れて機会損失を起こしている
この辺りにあって、そこに押し込みとかノルマが加わっているかと。更には水道哲学まで遡ることができるかもしれません。

いずれにせよ、企業や業態の体質だったり資本の本能に依拠する話と捉えています。
コンビニ恵方巻「大量廃棄」問題の解決が難しい事情
こういった問題の解決こそが野放図な市場主義経済から賢い自由主義経済へと社会が進化する端緒になるのではないでしょうか。それは規制であるとの見方もできるかもしれませんから、自律性が伴うことが前提ではあります。

鰻であれば、資源の最適分配、自律的で持続可能な消費といたところです。ルキウスさんのエントリに具体的な施策例があります。
ウナギをどうする?
奇しくも先般、オランダ、ノルウェイ(2025年から)、フランス、英国(2040年から)と続いて、ガソリン車、ディーゼル車の販売禁止、電気自動車に限定へと向かう動きが明きらかになりました。これはこれで、ダイムラー、VW、BMWといったドイツ自動車メーカ各社によるディーゼル車排ガス不正に対する意趣返しというか反動の感があり、その実現は半信半疑ではあります。

ただ、地球温暖化対策としてCO2排出量削減を目指した規制は、鰻資源の持続のための規制と短期の経済合理性のみに依拠しないという点で通底しています。

より達成可能なのはどちらかについては不明ですが、少なくともいずれかが実現し得るならば他方もまた可能だろうと推量します。

鰻資源持続のための枠組み、或いは、欧州の電気自動車化の実現は、賢い自由主義経済社会への進化を示唆する試金石ではないでしょうか。

いつまでも安心して鰻を口にできる社会の実現を願っています。

2017年7月29日土曜日

復活

復旧出来ました。やはり、マイクロUSBコネクタと基板の接触不良が原因でした。

再度ヒートガンでマイクロUSBコネクタを炙って、コネクタが基板に密着するようにラジオペンチで強めに圧接してみました。若干押し込めたような...加えて気休め?おまじない?ですが、下写真の矢印部、コネクタ内部の端子部にもヒートガンの熱風をあてました。

後は、ネジを締め直し、取り外したカメラユニット、液晶パネルを接続して元に戻したらできあがりです。

一連の作業で徒に時間をかけながらも復旧できたわけです。ただ、今振り返れば、USBコネクタ交換の前にそのまま、加熱と加圧でコネクタと基板の接触を改善させていれば案外あっさり復旧できていたようにも思います。

長時間の曝露によりコネクタ内部の樹脂部分が溶融するほどのヒートガンからの高温の熱風でも、基板が熱で破損することなく復旧できました。基板に案外耐熱性があったのもやや驚きを感じた処です。

ところで、この一世代前のタブレットの用途ですが、勿論通常のタブレットとしても使用するつもりですが性能面で物足りなさを感じるかもしれません。SSH接続したサーバーの端末として、或いは、ネットワークカメラのモニタとしての活用を考えています。

2017年7月23日日曜日

修理5

その後、マザーボードとマザーボード-液晶パネルの接続ケーブルを入手、換装してみました。下写真右は取り外したマーザーボードとケーブル、左は正常起動した画面です。まぁ、当然と言えば当然です。
このまま組み立てて使用すればいいのですが、何でしょうか、この敗北感は。

最初からマザーボードを交換すれば、という話ではありません。それでしたら現行品を既に購入していますから、端から修理することなく廃棄するのが最も合理的でした。

そういった問への答えは一つしかありません。
”お父つぁん、それは言わない約束でしょ!!”
と。

バッテリーの充電完了後、マーザーボードとケーブルを元に戻してみようかと。バッテリーは充電済みですから正常に起動するはず。バッテリーを使い切った後、充電不能ならばやはりマイクロUSBコネクタに原因があるのでしょう。ヒートガンでの接合が不十分だったということです。

この部分の接合は手作業の域を超えていますが、再度焦げることを覚悟してヒートガンでUSBコネクタを炙ってみるつもりでいます。この操作で破損に至ったとしても、代替のマーザーボード交換で正常動作の目処がつきましたし、この辺りで一段落といったところでしょうか。


[追記]
マーザーボードを元々のものに戻した処、正常に起動出来ました。これでこれで電池残量がなくなっった時、充電できれば...

できませんでした。


その後


2017年7月18日火曜日

無謬3

前のエントリに引き続き”無謬”について。

都議選の自民党大惨敗やら、その端緒となった森友、加計学園問題、政務官の”この、ハゲ~っ!”事案、大臣や与党ベテラン議員の失言等、盛り沢山のイベントで天皇の退位、及び皇位継承の話題は目を向けられなくなっています。

政権与党に次なる不祥事の種火が着火した頃、それに覆い被さるように何か新しい話が湧き出てくるのかもしれません。直近では、加計学園問題に衆目が集まりつつある処、秋篠宮家の婚約報道で鎮火を図ったかの印象を抱きました。ある意味、天皇家の政治利用ではないのか、といった疑念が払拭できないままでいます。

で、今日まで皇位継承問題は解決に向けて何か進展はあったのか、という話です。2006年、皇族男子として秋篠宮家に悠仁親王が誕生しました。しかしながら、依然として皇位継承資格者の不足という問題は残されたままです。親王の誕生により皇位継承について議論できる僅かばかりの猶予期間が得られたにも関わらず解決に向けた動きは感じられません。
皇位継承問題 (平成)
にはより詳細が記されています。男系男子による皇位継承の護持を巡って対立が続く中、各々の立場から解決策として旧皇族の皇籍復帰、女系天皇の容認が提唱されているものの、未だ合意形成には至っていません。

根本は万世一系とされる皇統を護持するか否かということなんでしょう。その正統性や真実性について云々するつもりは毛頭ありませんが、国体に包含されていて不可欠であると信ずる方々にすれば放棄するわけにはいかないのでしょう。

放棄すれば日本という国家がその体をなさなくなる、日本が国家でなくなるわけですから。それが正しいならば、
”何悠長に構えてんだボケナス!数十年後に日本が国家でなくなる深刻危機がもう見えているじゃねぇか。もたもた議論している場合か?
という話になります。 

で、そこまで国家の根幹に関わる、且つ譲れない話であるなら人工授精も一考すべきです精子を凍結保存し、又、将来の技術進歩を見据えてDNAの塩基配列を記録しておくとか...

人工授精については上記皇位継承問題 (平成)内や、河野太郎衆院議員ブログで提案の一つとして挙げられています。しかしながら前者では、
しかし、現在の皇室に対する国民世論を見れば、皇族にそのようなことを強いれば国民の気持ちは皇室から離れていってしまう。
という理由で、皇室が国民の支持を失い、天皇制度の廃止に繋がる、とあります。ただ、国民世論の内容は不明ですし、国民の気持ちが皇室から離れてしまう理由もよく判りません。

後者について
卵子の提供や人工懐胎をどうするのか等、問題は多い。また、そのような皇室に、皇后にふさわしい女性が嫁いでこられるか、疑問が呈される
首肯できる話ですが、更なる議論を封じるような、無思慮な否定には違和感を抱きます。

特に、強硬な万世一系論者というか信奉者はそこまで踏み込んで考慮しているのか、疑念を禁じえません。じゃ、どうするんでしょうか。

少子高齢化が進む今日、不妊治療は珍しくもなく、人工授精も稀有な話ではありません。ついでに言えば登校拒否、適応障害、校内でのいじめも。今、日本が直面しているそういった事象が、ある意味、日本(国家、社会)の投影である皇室で在ったとしても何ら驚くべきことではないと考えています。

そういった状況下、例えば、女性天皇、女系天皇といった時代を反映した折り合いを一顧だにせず、あくまで万世一系を貫く、その必要性を訴えるのであれば、科学的手段の検討は不可避です。

それほど遠くない将来、天皇が日本国の象徴であると憲法が定める限り、何らかの判断を迫られるのは必定です。その際、女性天皇女系天皇を認めるべきとか戦後皇籍を離脱した旧皇族を再び皇族に戻すといった提案は、皇位継承者がいなくなることを危惧して規則(皇室典範)を改変するといった話に他なりません。
”これまでの規定では後継者が途絶えてしまう。じゃ、規則を変えるか。”
と。継承を保つことを目的に規則を改変するというのも、何だか、これまでの規則が依拠してきたものの正当性に疑念を抱かせます。

なんらかの正当な理由、それが例え非合理的であったとしても、その下で皇位継承者は男系男子に限定され、又、戦後の皇籍離脱が行われたはずです。従って、いずれであっても上記提案を受け入れるには、この理由の正当性を否定し、それを覆す相応の正当性が必要と考えます。

2017年7月16日日曜日

沈黙

週明けの7月10日。案の定、
大手芸能事務所など不公正な契約ないか調査 公取委
の報道はなかったかの様相です。下記リンクはまとめ。
公正取引委員会が契約トラブルで調査!大手芸能事務所はジャニーズ事務所か
民放各局は九州北部豪雨や家計学園問題に関わる閉会中審査の報道で忙しのでしょう。忙しくてそこまで手が回らないと。

ああ、そうですか。まぁ、そういうポジションから民放の番組が制作されているということです。

では、NHKが上記事案を報道する意図は何処にあるのでしょうか。気になります。これが最近見聞する、民放化著しいNHKへの批判をかわす回答なんでしょうか。 

以前も記しましたが、故筑紫哲也氏によるライブドアの堀江元社長への噛み合っていないインタビュで、
堀江氏 ”たとえ真偽不明であっても玉石混交のニュースを取捨選択することなく視聴者に伝えるべき。信憑性の判断、選択は視聴者に任せればいい。”(視聴者は見たいものを見る的な...)
と、
筑紫氏 (視聴者の関心がなくとも)伝えるべきニュースは伝えなければならない。それがジャーナリズム。
といったやり取りがありました。記憶に基づいて書いているため正確ではないかもしれません。

堀江氏は、情報を垂れ流して受け手が取捨選択すればいい、との考えでしょう。当時はネットからの情報の信憑性に今ほど疑念が抱かれていませんでした。ただその後のステマ問題、Welqやヘルスケア大学事案を鑑みれば”玉石混交にも程がある”といった処かと。氏がここまでの現状を想定しての該考えなのかは存じませんが。少なくとも真偽不明の情報がネット上を氾濫している状況下、意図や思惑が含まれていない無私の情報などあり得ないわけです。

表現や伝達手法も一層巧妙になっており、恰も公正中立で客観的、科学的、論理的情報を装って情報発信者の意図する方向へ誘導せんとする例には事欠きません。

各々の情報を等しい距離感で信頼し、一律に受け入れ、そこから適切な解を得ることは以前より困難になってきています。常に半信半疑というか懐疑的な姿勢が欠かせないという認識です。それでも未だに目の前の本職の言葉より、誤った情報が”ネットに出ていた”という理由信用されてしまう場合に出くわします。

故筑紫哲也氏はネット上の情報の信憑性をそこまで見越していたわけではないでしょうが、それではの発言伝えるべきニュースは伝えなければならない”はどうなのか。これは伝えるニュースを取捨選択するという意味に他なりません。

この取捨選択が、ネットからの情報を公正中立、客観的な視点でフィルタリングできるならばそれは結構なことなんですが、実際には作意的な取捨選択が行われているのは明らかです。自らの不祥事は消極的に淡々と伝えられる一方、他紙、他局の不祥事は嬉々として(?)報道される事例は、枚挙に暇がありません。プライバシー等、報道の自由の制限に繋がる事案について僅かでもその可能性があれば、徹底的、必要以上に該事案を潰すあからさまなキャンペーンが始まります。報道の自由を堅持するというより、自身の飯の種を守るためといった色合いが強い印象です。

最近の取捨選択の例です。
購読者に恥をかかせる朝日新聞
オーストラリア二重国籍議員辞職、朝日も読売もシカト(?)
勿論、ネットからの情報ですから話半分で...取捨選択という点でその選別の適切性に疑問符がつき、傲慢というか独善性を感じてはいました。自身が公正中立であるとの独りよがりの思い込みによる独善性だけでなく、特定の意図に基づく選別は明らかに報道の優先順位を歪めます。

7月10日の週、午前のニュースバラエティ番組で民放各局は横並びで松居一代離婚騒動ばかり...じゃNHKはというと健康不安を煽る情報番組...

これこそが正に故筑紫氏の、”伝えるべきは伝えなければならない”という意志、ジャーナリズムの具現化と受け止めた次第です。

2017年7月9日日曜日

行方

根拠のない憶測を少し。

前の都議選で都ファの大躍進を受けて小池党の国政への侵攻?進出が取り沙汰されるようになりました。2020年東京五輪の成功を土産にその方向で進むのでしょう。

国家の威信というものがありますから、東京五輪が成功裏に終わるであろうことは想像に難くありません。失敗と評価されるのはおそらく2〜3年後の負債が露わになったり、旗振りというか煽動役が引退してからのことかと。失敗であってもそれを認めなければ失敗ではない、という姿勢が貫かれるわけです。

と、都ファの順風満帆な先行きが見込まれます。ただ、急激に脹らんだ組織には雑味というか不純物、騒動の種の混入は避けられないことです。それは橋下党や河村党の例をいちいち引用するまでもなく。沈みゆく泥船民進から離脱者はそれなりの数がありますから都ファの民進化、旧民進議員がイニシアティブをとることも想像はできますが、まぁ、これはないでしょう。

いずれにせよ、小池氏が防衛相時代提唱されたハイブリッド戦車の実現へと又一歩近づいたのかもしれません。

政策について考察させない憶測であるのが残念です。

2017年7月8日土曜日

修理4

以前のマイクロUSBコネクタを取り外した時なかなか難しいものを感じました。

新しいマイクロUSBコネクタが届いたのですが、



赤で囲ったコネクタの端子を、下写真基板の黄色で囲った端子と接続しなければならないと...そんな精密なハンダ付けnなど不可能です。どうしましょうか。

結局、ラジオペンチでコネクタと基板を挟んで力を加えながらヒートガンで炙ってみました。コネクタを外した際のような焼け焦げが心配しつつ炙って見た処、コネクタは基板に固定できたようです。ただ、コネクタの端子が正しく基板側と接合できたかは判りません。確認は不可能です。

その後、基板を筐体に戻し、電源やボリュームのスイッチを基板に接続、続いてバッテリー、液晶画面も接続、一晩充電後動作確認をしてみたのですが...

ウンともスンとも変化がありません。それどころか、分解前に電池残量がないことを示す赤い警告すら表示されません。これはマイクロUSBコネクタの接触不良によるものではないように思えます。

深みに嵌っていくのを実感していますが、まだ諦めてはいません。ちょっと考えます。

三菱のMRJ事業が継続して撤退できないのもこんな処かも...今更止められるか、と。無謀な作戦の代名詞として引用されるインパール作戦にはまだ至ってないとは思いますけど。




2017年7月6日木曜日

耽溺

先日、郊外のショッピングモールと言うには規模が大きくない食品スーパーと衣料品その他のテナントからなる複合施設を訪れた時のことです。

小用を足しに手洗いに入りました。用を足していると隣小便器に誰かが立ちました。離席?する際偶々視界に入ったのは...用を足しながら右手でスマホを弄っている姿でした。

器用というか...まぁ、御自分のスマホをどんな手で弄ろうと知ったことではないわけですが、そうまでしてスマホ操作に駆り立てる一体何があるのでしょうか。人馬一体という語がありますがちょっと違うような。

できることなら個室で弄ることをお勧めします。

2017年7月3日月曜日

無謬2

ここで、ちょっと疑問なんですが、過去、開戦から敗戦に至った経緯やその原因の公的な検証は行われてきたのでしょうか。公式文書の存在を見聞した記憶がありません。まぁ、注意を払っていませんでしたから....
失敗の本質 日本軍の組織論的研究
よく知られていますが、公的機関による調査、検証ではなく、国家に文責はありません。開戦後の失敗した作戦のいくつかを論じた学際的研究書のようです。

で、少し検索してみた処、戦争調査会という調査機関が政府により一時設置(1945年)されたものの、翌年廃止されたようです。廃止はGHQの意向によるものとのこと。2001年になって戦争調査会の議事録が完成し閲覧できるようになったとのことですが、これは敗戦を検証、報告した公式文書ではないでしょう。

結局、当時の日本を敗ける戦争へと駆り立てた行動原理、及び、敗戦の原因は未だ公式には究明されていないということでしょうか。事実ならば驚きです。

だからこそ、敗戦から終戦への掏り替えが可能ですし、終戦と強弁するために今後も敗戦の原因究明は禁忌とされ続けるのかもしれません。

日本の体質の根幹を垣間見た気がします。同じ轍を踏みかねないな、と。

尚、前のエントリで誤解を恐れず次は負けないと記しました。ここには、紛争解決の手段として武力の使用を否定、不戦の意味も勿論含んでいることをあえて申し添えておきます。戦わなければ敗戦はありませんから

2017年7月2日日曜日

無謬

”無謬”について思った処を少し。発端は、先日目にした次の記事です。
田中真紀子氏が加計問題に参戦
加計問題については触れません。

記事中、社会保障の会議の席で交わされた田中真紀子氏と安倍晋三氏のやりとりが、田中氏の日記として記されているとのこと。事の真偽は勿論知りません。
田中氏「日本が敗戦して」
安倍氏「真紀子さん、今なんて言った?」
田中氏「敗戦よ」
安倍氏「あれ終戦なんだけど」
田中氏「中国や東南アジアへの侵略戦争でしょ」
安倍氏「違う違う。アジアを解放するために行ったんだ」
敗戦と終戦は意味が異なります。両者は対義の関係にはありません。敗戦して終戦になったり、終戦の結果が敗戦だったりするわけです。敗戦と戦勝、開戦と終戦を混同して敗戦を終戦と言い換えること自体、非論理的です。

日本はポツダム宣言を受諾して無条件降伏をしたというのは私の記憶違いでしょうか。初等教育課程でそう教えられたはずですが。敗戦以外の何ものでもないのは、いちいち記すまでもないことです。

何故、敗戦が終戦へと掏替えられるのか。敗戦を受容していない、過去の事実から目を逸らしている姿勢は明らかです。負けてないと。じゃ勝ったのか? 

このように事実をそれとして直視しないことこそ愚が繰り返される原因です。事実を認め、その原因を検証して初めて同じ愚を回避することができます。将来の成功の糧として失敗の原因を究明することは必須であって、ことさら言うまでもありません。

しかしながら、これまでも、そして今でも失敗の原因究明がなされないため同じ轍を踏む事例が散見されます。未だ敗戦の終戦への掏り替えを見聞しますし、かつてその掏り替えを行った当人は国家の最高責任者だったりするわけです。

もう少し突っ込んでみると、実は、”敗戦”の使用を避け、そこを曖昧にしたまま終戦”という語で象徴させることで立場上都合がいい方々がいるのでは、という考えに至っています。

信念や思想信条として敗戦という事実から目を逸らしている部分があるであろうことは否定しません。しかしながら、自身の立場を保ち、窮地に立たされる、或いは、矛盾を追求されるのを嫌ってのことが主ではなかろうか、ということです。

例年、終戦記念日が近づくと総理を含む内閣閣僚が靖国神社を参拝するの、しないの社会が喧しくなります。参拝の理由は、
日本のために尊い命を犠牲にされたご英霊に対し、尊崇の念を表し、み霊安らかなれと手を合わせた。二度と再び、戦争の惨禍によって人々の苦しむことの無い時代を創るとの決意を込めて不戦の誓いをした
が典型でしょうか。では終戦を敗戦に置き換えるとどうなるか。上述のように敗戦という失敗を繰り返さないという趣旨で靖国神社を訪れるならば、その思いは
次は負けない
となります。そのためには敗戦の原因究明は勿論、敗ける戦争に踏み切った判断の謬りの検証も欠かせません。当時の指導者、軍部に対しても敗戦責任が問われるのも当然で、糾弾されるのも致し方ないところです。戦争を仕掛けたでのはなく、敗ける戦争を仕掛け(或いは仕向けられ)そして敗戦という結果を残したという見方をすれば、その重大な責任を帰すべき処も有耶無耶にはできません。

浅慮な為政者が差配して国を誤らせた責任は問われて然るべき、ということです。それを、当時はやむを得なかった、仕方がなかったなどと理解することは、判断の誤りの否定を意味します。正に無謬性の現れそのものです。

つまり、前の戦争を敗戦と捉えると、その轍を踏まないために、碌々結果を想定することなく米国との開戦(敗戦)に踏み切った為政者に対し、

何故そんな判断を下したのか
と、その愚かさを非難しつつも敗戦の原因を究明し、

そのせいで後世代の日本人は非常に苦労させられている
と、その影響が国際的な立ち位置や国家債務、人口動態未だ尾を引いていることを詰りつつ
次は負けない
との誓いをすることが整合性ある姿勢です。しかしながら、そんなことができる理性と度量が、現体制の人物に備わっているかを考えれば、まぁ、無理な話です。

例えば、現総理が戦犯指定を受けた自身の御祖父である故岸信介元総理を含む、当時の政府や軍部等、精神論や空気に支配された情緒的な覇権主義賛同者を指弾することになりますから。

終戦という語に掏り替えておけば、戦前、戦中の旧政府、軍部によって判断され実行に移された、自身の親族を含む先人の謬りを認め、それらを否定せずとも済むわけです。


無謬2

2017年6月25日日曜日

手形

正に空手形という形容がぴったりかと。
小池流、豊洲・築地の「落とし所」 これは妙案?目くらまし?
都議選前、小池百合子知事から築地市場の豊洲市場への移転問題で基本方針の発表がありました。会見で使用された図がネット上から入手できなかったのでここからちょっと借用。
(会見で使用したスライド資料は、こちらをご覧ください。)(PDF:639KB)
豊洲・築地合算のキャッシュフロー収支が黒字化って...グラフの実戦部分は確かなんでしょうか。点線部分は不確定としても。平成六十年、今から三十年後の財務状態までなぜ実線で描けるのか理解できません。

その頃関係者残っているのか?少なくとも平成九十年、ま、平成じゃないわけですが、当時を知る関係者はいるはずもありません。

先送りという民主主義の本質が如実に現れているわけです。勿論、現在も過去の先送りの結果なんですが。こうして負担というバトンは未来に渡されていくと。みんなで決める民主主義、ただそのみんなの中に将来世代は含まれていませんから。

泡沫

名古屋近辺に限った話かもしれませんが、高級食パンが注目されているようです。食パンバブル、或いは、ピケティの格差論(r > g)が具現化したのか。

1本 (2斤程度)1,000円程度は珍しくもなく、果ては1本2,200円だとか。その一方、スーパーやドラッグストアに赴けば時間によっては見切り売りされているわけです。PBのパン1斤、見切り売りで60円...最大格差20倍ですか。

購買意欲がピクリとも刺激されないわけなんですが、何か中毒性というか常習性みたいなものがあるのでしょうか。握り飯なら心が微動ぐらいはするかもしれませんが、1,200〜1,500円のり飯って...

さてと、お昼にカツ丼でも食べに行きましょうか。どうでもいい話でした。

2017年6月24日土曜日

行儀

永らくセゾンカードを保有しています。一年ほど前でしょうか。
——緊急の問題に即座の対応が可能なよう、携帯電話の番号登録をお願いします。——
といった旨のメールを受信しました。それまでは自宅の電話を登録していました。カード番号他の個人情報流出事案や詐欺メールが氾濫する昨今、”まぁ、そうした方が好ましいのだろう”と登録しました。

それからほぼ一年。保険の勧誘以外、セゾンからの着信はありません。勤務中、運転中、土曜の20:00とか。

不愉快この上ないわけです。特に、顧客のセキュリティを慮ったかのメールで携帯電話の番号登録へと誘引する手口は、欺かれているようで行儀が悪いなぁとセキュリティ部分で顧客の不安を煽ってそれを営業に利用してとの理解です。

固定電話にも頻繁に勧誘電話が着信するようなら、その番号の削除も考えます。
——勧誘電話が不快なので固定電話の番号も削除します。それでカード解約なら構いません。——

鏡像

鏡に映さなければ自らの姿は見えません。
決して行政をゆがめるような仕事はしていない

俯瞰して確たる中立点を定めない限り、歪めたのか否か判別できないのでは。

読売やNHKに代表されるメディア各社が公正中立を自ら騙っているのと何ら変わりありません。 

2017年6月23日金曜日

紛乱

やはり経験の差かもしれません。

並の二回生議員なら燃料投下になっていたかと。
自民・河村氏「男ならいっぱいいる」=豊田氏の暴行、直後に発言撤回
”まだ東北で、あっちの方だったから良かった”と発言し、取り消しても炎上、火だるまになって辞任、という大臣もいましたから。

まぁ、かつての民主党のように一気に膨張した政党には勝馬に乗ろうと夾雑物が混入するのはやむを得ないかも。小泉自民、橋下維新、河村減税の時がそうであったように。都議選後の小池都民第一を予見させます。

問題議員はどんどん退場願ってAIに交代頂くのが効果的かも。当然、”政治は機械には無理”との声もあるでしょうが、”機械の方がまだマシ”な方にはさっさと引き下がってもらうと。誰もいなくなってしまうかもしれませんけど。

今回の豊田暴言・暴行騒動は、
豊田真由子議員に元秘書への暴言・暴行疑惑「このハゲーーっ!」 週刊新潮が報じる
都議選告示日(6/23)前日でした。次は投票日(7/2)前日あたりでしょうか。

ところで、”ハゲ”って人の外見を嘲る差別用語じゃないんでしょうか?誰も突っ込みませんが...”人を見かけで判断する差別主義者”のレッテルを用意して今後を見守ります。

2017年6月21日水曜日

修理3

修理2に続けます。

充電不能なKindle Fire HD8を弄っていて、マイクロUSBコネクタ交換の準備を進めているわけですが、調べてみるとかなり細かなハンダ付け作業が必要なようです。

この老眼の眼で作業を無事終えることができるかどうか...

加えて交換用のマイクロUSBコネクタなんですが、これほど種類があるとは思いもよりませんでした。マイクロUSBコネクタのコネクタ部分は規格化されているので、てっきり容易に入手可能な汎用品が使用可能と思っていました。普段目にすることのない表面実装部分によって、おそらく製品毎にと言っていいほど非常に多岐に渡っていました。

国内の電子部品通販サイトでは見つけることはできていません。バッテリと同様に専用設計品なんでしょう。

取り敢えずKindleを分解、マイクロUSBコネクタを取り外してみることにします。下写真は筐体から取り外した基板です。


元に復元できるのでしょうか。マイクロUSBコネクタはグラつきもせずしっかり基板に付いていました。内部の接触不良が原因かもしれません。

さて、マイクロUSBコネクタを交換するには、これまでのコネクタを基板から外さなければならないのですが、これが一筋縄ではいきませんでした。下写真はコネクタ周辺ですがコネクタの際近くまで部品が実装されています。


ハンダごてをあてる余裕がありません。やむを得ず裏面から端子部にフラックスを塗布しながら追いハンダしてみるものの微動だにしませんでした。

調べてみると、どうやらヒートガンの熱でコネクタ全体を加熱して取り外されているようです。で、該器具を手配、合わせて入手したカプトンテープでコネクタまわりを熱から保護して、

熱風をあてた所、ようやく外れました。
熱風と言ってもハンダを溶融させる程の高温です。熱風をあてている間、おそらくフラックスからのものか発煙があり、コネクタ右のマイク端子のプラスティック部も変形しました。

取り外したコネクタは上写真のように焼け焦げ、内部の樹脂部分は溶融していました。温度が高過ぎたか。

カプトンテープで保護していますが、基板や周辺部品を熱損傷させたかも...

とは言え調べる手立てもなく、このまま新品コネクタが届き次第基板に実装してみます。


2017年6月17日土曜日

技量

もっと見直されてもいいんじゃないかと思いますが、まぁ無理なんでしょう。

食べログやSNSでケータリング、或いはテイクアウトされた料理の写真を見かけることがあります。飲食店内で撮影された写真に比べかなり少数です。又、それらの殆どはデパ地下、コンビニ、スーパー、飲食主流の料理店、寿司やピザ、弁当に代表される出前専門のチェーン店からの料理が占めています。

飲食絡みの情報はリアル、バーチャルを問わず氾濫しています。広告宣伝と、主観、客観を含めた消費者からの情報が入り交じる中、一般の消費者に優先的に届く情報は広告であり、その後該広告に対する消費者の反応だったり、有名店やチェーン店利用者の口コミが続きます。

で、この輪の中に含まれていないわけです。家族経営の仕出し屋が。永く続いている仕出し屋に目もくれず、デパ地下だったりスーパーや惣菜チェーン店のテイクアウト品を云々しても信憑性に欠けるなぁと。

永く続いている店にはそれなりの理由があって、侮っちゃいけないというのが率直な思いです。目立たない場所に立地し、目に入る正面ガラスケース内には僅かな商品が並ぶのみ。その他の品揃えも窺い知れず...控えめというか、不明瞭というか....ネット上に写真が出回らないのも頷けます。

店内で飲食できるわけではありませんから雰囲気もサービスも、いわゆる飲食店とは異なります。出前と持ち帰りのみですから正に”味わいファースト”なんじゃないかと。

下手なチェーン店など軽く凌駕していると思っています。精肉店の揚げ物と同じく、刺身、照り焼き、鰻、鯖寿司あたりは質と価格のバランスに秀でているなぁ、と改めて実感しています。

仕出し屋という業態がもう少し注目されてもいいのでは、と思いつつ、写真投稿こそが生きがいの連中に侵食されないことを願って止みません。

対岸

前のエントリ触れた組織犯罪処罰法改正案ですが、”冤罪が多少発生してもやむを得ない”的な意見をしばしば見聞にします。吉本興業 松本人志氏の
「いいんじゃないかな」
「冤罪もしょうがない」
発言などは典型的な例でしょう。これに類した話としては例えば、フィリピン ドゥテルテ大統領の麻薬撲滅戦争が直ちに想起されます。
ドゥテルテ大統領の容赦ない麻薬撲滅戦争 超法規的殺人の急増でフィリピンの路上に死体が転がる
この超法規的対策は、麻薬犯罪者の人権を蹂躙するものとアムネスティ・インターナショナルや国連から強い批判を招きました。

前者は謀議の段階、即ち実行に至る前の計画者に適用される罪であり、後者は麻薬犯罪の犯人に対して採られる対策です。テロにしろ麻薬犯罪にしろ社会の大多数が撲滅を願っているのは間違いありません。その実現に向け、実行前に犯人の身柄を拘束することでテロによる社会的損失の発生を未然に防ぐ、麻薬犯罪者を厳罰に処し再犯防止、抑止効果を狙う、という選択は理解できないわけではありません。その手法が社会から一定程度支持されるのも頷けます。

しかしながら、実行前の嫌疑、犯罪者に対する厳罰の各々において、冤罪に代表される、自身に何ら責任がないにも拘らず被る理不尽な不利益の発生は免れないと考えます。それらを抑止する仕組みは全く不十分です。

例え、そういった事案の発生が回避し得ないとしても、それを致し方ない、やむを得ないことと容認してしまうことには強く反発します。

該理不尽な不利益は、社会的損失や危機の回避、治安の維持や社会不安の除去等、社会正義の実現や公益への貢献という本来の目的が歪曲形骸化せしめられることによって起こるのでは、と思料しています。原理主義的考え方かもしれません。

で、その根源、そういった本来の目的を歪ませる力は様々ですが、思いつくままに挙げれば、予断、ステレオタイプ、組織防衛、空気、威信、体面、裁量、責任回避保身、減点主義、功名心といった処でしょうか。

これらの力が公権力を濫用せしめ、手段の目的化を通じて過失である誤認のみならず冤罪や隠蔽を生み出しているということです。昨今よく見聞する、痴漢冤罪問題も上記の予断、偏見、空気辺りにその理由を求めることができます。
「何を言っても女の意見だけで痴漢が成立する」 平井駅で痴漢冤罪? Twitterで多数の無罪証言も男性は警察に連行
電車内の痴漢現場と冤罪と私
加えて、行政の公正性に疑義を抱かせる不祥事は枚挙に暇がありませんいちいち例を挙げればキリがありません。ここ数日の事例を検索しても
【福岡・母子3人死亡】 父親の警察官、母を殺害容疑で逮捕 「事実ではありません」と否認(UPDATE)
150万円着服した20代婦警の「副業」はデリヘル嬢だった!
あたりは個人の問題と片付けられるのでしょうが、
 警視庁本部 中村格刑事部長(当時)の判断と法治主義
情報漏えいで愛知県警が調査
等は職権や組織の体質と密接に関わる事案です。真偽はともかく、
前川・前事務次官に激怒して、安倍官邸が使った「秘密警察」
といった話も...

斯様に公権力を有する組織だからといって、謬りを犯さないわけではありませんし、時には恣意的行使が為されるわけです。又、該組織を構成する個人が必ずしも公僕として適切な倫理観を有しているとは言い難いのも明白です。

冤罪他の理不尽な不利益を生み出してしまう素地が変わることなく温存され続けています。この状況下、謀議の段階でテロ等準備罪に問うことを可能たらしめる組織犯罪処罰法改正案は、更なる理不尽な事案の発生へと拍車をかけるのではないか、という懸念が脳裏を過るのも無理からぬことです。

その一方この時、”そんなこと言っていたら何もできない”即ち、”一定程度の冤罪、不利益の発生はやむを得ない、容認すべきである”という声も必ず上がります。そういった意見は、”自分は冤罪被害に遭うはずがない、自分が理不尽な不利益を被ることなど断じてない”等の自信の発露なんでしょうか。過信ではなく...

更にこのことは見方を変えれば、理不尽な不利益を被った人々の切り捨てに他なりません。”そんなこと言っていたら何もできない”の影の部分を鑑みないまま手放しに該考えを支持することは到底できません。

”明日は我が身”などと喚起するつもりはありませんが、少なくともその危険が存在することは認識すべきと考えます。”他人の痛みはわからない”というのは紛れもない事実ですが、対岸の話と片付けるのも能天気が過ぎるんじゃないかと。

誤解を避けるため申し添えておきます。組織犯罪により社会が重大な損失を被る前の、その準備段階を罪に問うことは断じて支持できない、との考えはありません。しかしながら過去を顧みて、社会の過ち、権力の暴走という危険が十分に排除されているとはとても言い難いのも事実です。

テロ等組織犯罪を、謀議の段階で罪に問えるような立法措置をするならば、やはり権力の過剰行使、恣意的行使を牽制する枠組みも同時に構築する必要があります。押す力を強化するならば、合わせて引く力も強め均衡を図るべきです。

不可避かもしれない理不尽な不利益の発生を抑制する不断の姿勢、そういった行政の自律機能は不十分なままです。この部分を放置したままの本法案成立は、全体主義、国家主義の台頭を予見させる危さを禁じ得ません。

もう少し賢くなれないものでしょうか。

ところで蛇足ですが、フィリピンのドゥテルテ大統領、今度は喫煙者の取り締まりを強化するとのこと。
フィリピンのドゥテルテ大統領禁煙規制が超理想的で号泣レベル
いや、どう見たって喫煙者の取り締まりより治安の改善が急務なのでは?、というのが率直な印象です。

2017年6月9日金曜日

新・忖度

昨今、忖度の語から想起される事案といえば勿論、森友学園問題だったり加計学園問題だったりします。

本日、加計学園が今治市に獣医学部を新設する計画について、”官邸の最高レベル”、”総理の意向”といった文言が記された文書を巡って、その存否を追加調査するとの報道がありました。
加計学園文書、「国民の声」で政府方針一転 菅長官、追加調査は「賢明な判断」
結局、 文書が見つかり、忖度したとされるどなたかが人身御供となって落着という流れなんでしょうか。ただ、そうであっても、
——忖度があったかもしれないが、自分は何も指示していない——
という総理答弁になるのは明白です。かつての、”秘書がしたことです”に続く、”忖度があったかもしれない”ブームの到来かもしれません。

では、直接の指示、命令さえなければ問題はないのか、という話になるわけです。

平成16年11月の最高裁判決は、(命令や指示等の教唆とは関係なく)暴力団組長の使用者責任を認めるものでした。その後、平成20年の暴力団対策法改正で被害者側の立証責任の負担が軽減され今に至っています。
暴力団組長に対する使用者責任追及
暴力団トップに暴対法の「使用者責任」 初適用、弁護士「責任の所在が明確になった」

反社会的な組織の長であっても不法行為における使用者責任が追求されます。社会的な組織ならなおさら責任が求められるんじゃないでしょうか。合理性を欠く組織という共通点もありそうですし。

甘利明経済再生担当相、今村復興相等、閣僚の不祥事、失言で常々任命責任を自認されている安部総理です。”責任はあるけどそれが何か?”という姿勢ですが...

この際、総理補佐官やら内閣府審議官内閣官房参与といった官邸の最高レベルに対する使用者責任も問われて然るべきなんじゃないかと思料した次第です。

2017年5月27日土曜日

濫用

先般、衆院法務委員会において賛成多数で可決された組織犯罪処罰法改正案について少し記してみます。本改正案で「共謀罪」の構成要件を改めた「テロ等準備罪」が新設されることになるわけですが、このテロ等準備罪を巡って野党から激しい批判の声が上がっています。

その一方で、言葉通り大事に至る前の準備段階に目を向け”テロを未然に防ぐ”という趣旨に賛同する声も少なくないように見受けられます。

社会に大きな危害を与えるテロ行為、及び類する重大犯罪を、その準備段階から犯罪として社会の損失を防ぐ、という考えについては異論なく支持されているのではないでしょうか。

しかしながら、冤罪増加の恐れは勿論、該準備罪とは全く無関係の市民、団体が”疑いがある”という理由で捜査対象とされてしまう危うさは、野党のみならず有識者からも強い批判を招いています。

この批判の由来について少し考えてみると、それはやはり行政に対する不信感が根本なんだろう、という話に帰結するんじゃないかと。

真偽はさておき、ここ数日衆目を集めている

前文科次官「文書は存在」=「行政ゆがめられた」-加計学園問題で会見
といった報道も行政の公平性、信頼に関わる事案です。こういった歪められた行政の最たる場合が行政機関の一組織で強力な権限を有する検察、警察による冤罪であり、捜査の名の下に行われる人権侵害です。

これまで露見しただけでも一体どれだけの冤罪事件があったか。記憶を手繰るだけでも
松本サリン事件
足利事件
輪島事件
袴田事件
志布志事件
障害者郵便制度悪用事件
が思い起こされますし、痴漢冤罪事件は枚挙にに暇がありません。直近では
電車内の痴漢現場と冤罪と私
痴漢えん罪経験者~弁護士さんコメント全文書き起こし~
といったブログを目にしました。未だ痴漢冤罪をなくす有効な手立てはなく、冤罪撲滅に向かっているとはとても言い難い現状にあるとみています。行政は、今尚、冤罪の発生を放置しているかの如く有り様です。

これら冤罪は疑いもなく警察権や検察権の濫用による人権蹂躙に他ならないと考えています。で、冤罪による人権蹂躙が白日の下に晒された時、行政の最高責任者はこれまでその事実にどう向き合ってきたのでしょうか。寡聞にして存じませんが、黙殺といった印象です。最近良く耳にする、”任命権者は私だ。責任はある。”、が、何もしない、ということと同じなのか。

警察や検察はどうかというと、”捜査、取り調べは適法に行われた”、”上級庁と協議します。”、”判決を精査して今後の対応を検討します。”といった処でしょうか。官の無謬性が見事に現れているわけです。

この辺りの姿勢を鑑みれば警察権や検察権に代表される国権を、自らが濫用する危険を踏まえて自律的な行使に努めようとしているとはとても思えません。特に、”捜査、取り調べは適法に行われた”は、”だから冤罪が発生しても問題ない、やむを得ない”、を言外に示す文言であり、正に現状の肯定を意味します。

国権の濫用を省みることなく、冤罪撲滅に取り組むつもりがなければ、冤罪が繰り返されるのは自明です。

この環境下では、「テロ等準備罪」の新設が、国権の濫用による新たな冤罪の発生、不当な捜査件数増加の懸念材料になるとして反発を生むのも尤もなことかと思った次第です。

さて、衆院法務委員会その他で法案について、検察官から民進党衆院議員に転身した山尾志桜里氏が金田法相他を筆頭に厳しく追求されています。その激しい批判の姿勢を見るとですね、
その追求の根幹には自らの実体験があるのではないか?
つまり、ご自身の検察官時代そういった手練手管を目の当たりににしたか、或いは自身も関与したことがあったのでは、と邪推してしまいます。そうであるならば、花見か下見かとか、山でキノコを採る云々より自身の実例を開陳した方がよほど効果的かと考えます。

守秘義務がありますから決して口外されないでしょうけど...

ところで、上述の”だから冤罪が発生しても問題ない、やむを得ない”についてですが、別のエントリ思う処を少し記します。

2017年5月25日木曜日

象徴

小学生の時始めて象徴天皇の語を耳にしたものの、以来ずっと意味する具体像が思い浮かばないまま今日に至っています。

なんだ、未だ明確に定義できてないということですか。参加者各人勝手に捉えているだけでした。驚いています。これじゃ、小学生が理解できないのも当たり前です。
私たちと「象徴天皇」 ~政府の有識者会議「最終報告」を受けて~
現行憲法で
 第一条天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
と定められている以上、象徴の意味は既に明確に定義済みと受け止めていました。法文が既にあって具体的内容が定まっていないというのも違和感を禁じ得ません。”こういうもの”という具体的内容が先ずあって、それを示す語として”象徴”を用いて法文を組み立てるのが通常ではないのでしょうか。

法文を作成して後から語を定義するって...後から都合よく意味する処、解釈を捻じ曲げられることに他なりません。それって肯定できることなのか?

少なくとも起草者には象徴の明確な定義があったはず、と考えます。起草者は一体どういった定義で象徴の語を用いたのか、当時の、そもそもの定義を踏まえない象徴について議論など地に足がついていない議論にも見え、そこにどれほどの意義があるのか疑問です。

結局何が明かになったのでしょうか。