2017年7月18日火曜日

無謬3

前のエントリに引き続き”無謬”について。

都議選の自民党大惨敗やら、その端緒となった森友、加計学園問題、政務官の”この、ハゲ~っ!”事案、大臣や与党ベテラン議員の失言等、盛り沢山のイベントで天皇の退位、及び皇位継承の話題は目を向けられなくなっています。

政権与党に次なる不祥事の種火が着火した頃、それに覆い被さるように何か新しい話が湧き出てくるのかもしれません。直近では、加計学園問題に衆目が集まりつつある処、秋篠宮家の婚約報道で鎮火を図ったかの印象を抱きました。ある意味、天皇家の政治利用ではないのか、といった疑念が払拭できないままでいます。

で、今日まで皇位継承問題は解決に向けて何か進展はあったのか、という話です。2006年、皇族男子として秋篠宮家に悠仁親王が誕生しました。しかしながら、依然として皇位継承資格者の不足という問題は残されたままです。親王の誕生により皇位継承について議論できる僅かばかりの猶予期間が得られたにも関わらず解決に向けた動きは感じられません。
皇位継承問題 (平成)
にはより詳細が記されています。男系男子による皇位継承の護持を巡って対立が続く中、各々の立場から解決策として旧皇族の皇籍復帰、女系天皇の容認が提唱されているものの、未だ合意形成には至っていません。

根本は万世一系とされる皇統を護持するか否かということなんでしょう。その正統性や真実性について云々するつもりは毛頭ありませんが、国体に包含されていて不可欠であると信ずる方々にすれば放棄するわけにはいかないのでしょう。

放棄すれば日本という国家がその体をなさなくなる、日本が国家でなくなるわけですから。それが正しいならば、
”何悠長に構えてんだボケナス!数十年後に日本が国家でなくなる深刻危機がもう見えているじゃねぇか。もたもた議論している場合か?
という話になります。 

で、そこまで国家の根幹に関わる、且つ譲れない話であるなら人工授精も一考すべきです精子を凍結保存し、又、将来の技術進歩を見据えてDNAの塩基配列を記録しておくとか...

2017年7月16日日曜日

沈黙

週明けの7月10日。案の定、
大手芸能事務所など不公正な契約ないか調査 公取委
の報道はなかったかの様相です。下記リンクはまとめ。
公正取引委員会が契約トラブルで調査!大手芸能事務所はジャニーズ事務所か
民放各局は九州北部豪雨や家計学園問題に関わる閉会中審査の報道で忙しのでしょう。忙しくてそこまで手が回らないと。

ああ、そうですか。まぁ、そういうポジションから民放の番組が制作されているということです。

では、NHKが上記事案を報道する意図は何処にあるのでしょうか。気になります。これが最近見聞する、民放化著しいNHKへの批判をかわす回答なんでしょうか。 

以前も記しましたが、故筑紫哲也氏によるライブドアの堀江元社長への噛み合っていないインタビュで、
堀江氏 ”たとえ真偽不明であっても玉石混交のニュースを取捨選択することなく視聴者に伝えるべき。信憑性の判断、選択は視聴者に任せればいい。”(視聴者は見たいものを見る的な...)
と、
筑紫氏 (視聴者の関心がなくとも)伝えるべきニュースは伝えなければならない。それがジャーナリズム。
といったやり取りがありました。記憶に基づいて書いているため正確ではないかもしれません。

堀江氏は、情報を垂れ流して受け手が取捨選択すればいい、との考えでしょう。当時はネットからの情報の信憑性に今ほど疑念が抱かれていませんでした。ただその後のステマ問題、Welqやヘルスケア大学事案を鑑みれば”玉石混交にも程がある”といった処かと。氏がここまでの現状を想定しての該考えなのかは存じませんが。少なくとも真偽不明の情報がネット上を氾濫している状況下、意図や思惑が含まれていない無私の情報などあり得ないわけです。

表現や伝達手法も一層巧妙になっており、恰も公正中立で客観的、科学的、論理的情報を装って情報発信者の意図する方向へ誘導せんとする例には事欠きません。

各々の情報を等しい距離感で信頼し、一律に受け入れ、そこから適切な解を得ることは以前より困難になってきています。常に半信半疑というか懐疑的な姿勢が欠かせないという認識です。それでも未だに目の前の本職の言葉より、誤った情報が”ネットに出ていた”という理由信用されてしまう場合に出くわします。

故筑紫哲也氏はネット上の情報の信憑性をそこまで見越していたわけではないでしょうが、それではの発言伝えるべきニュースは伝えなければならない”はどうなのか。これは伝えるニュースを取捨選択するという意味に他なりません。

この取捨選択が、ネットからの情報を公正中立、客観的な視点でフィルタリングできるならばそれは結構なことなんですが、実際には作意的な取捨選択が行われているのは明らかです。自らの不祥事は消極的に淡々と伝えられる一方、他紙、他局の不祥事は嬉々として(?)報道される事例は、枚挙に暇がありません。プライバシー等、報道の自由の制限に繋がる事案について僅かでもその可能性があれば、徹底的、必要以上に該事案を潰すあからさまなキャンペーンが始まります。報道の自由を堅持するというより、自身の飯の種を守るためといった色合いが強い印象です。

最近の取捨選択の例です。
購読者に恥をかかせる朝日新聞
オーストラリア二重国籍議員辞職、朝日も読売もシカト(?)
勿論、ネットからの情報ですから話半分で...取捨選択という点でその選別の適切性に疑問符がつき、傲慢というか独善性を感じてはいました。自身が公正中立であるとの独りよがりの思い込みによる独善性だけでなく、特定の意図に基づく選別は明らかに報道の優先順位を歪めます。

7月10日の週、午前のニュースバラエティ番組で民放各局は横並びで松居一代離婚騒動ばかり...じゃNHKはというと健康不安を煽る情報番組...

これこそが正に故筑紫氏の、”伝えるべきは伝えなければならない”という意志、ジャーナリズムの具現化と受け止めた次第です。

2017年7月9日日曜日

行方

根拠のない憶測を少し。

前の都議選で都ファの大躍進を受けて小池党の国政への侵攻?進出が取り沙汰されるようになりました。2020年東京五輪の成功を土産にその方向で進むのでしょう。

国家の威信というものがありますから、東京五輪が成功裏に終わるであろうことは想像に難くありません。失敗と評価されるのはおそらく2〜3年後の負債が露わになったり、旗振りというか煽動役が引退してからのことかと。失敗であってもそれを認めなければ失敗ではない、という姿勢が貫かれるわけです。

と、都ファの順風満帆な先行きが見込まれます。ただ、急激に脹らんだ組織には雑味というか不純物、騒動の種の混入は避けられないことです。それは橋下党や河村党の例をいちいち引用するまでもなく。沈みゆく泥船民進から離脱者はそれなりの数がありますから都ファの民進化、旧民進議員がイニシアティブをとることも想像はできますが、まぁ、これはないでしょう。

いずれにせよ、小池氏が防衛相時代提唱されたハイブリッド戦車の実現へと又一歩近づいたのかもしれません。

政策について考察させない憶測であるのが残念です。

2017年7月8日土曜日

修理4

以前のマイクロUSBコネクタを取り外した時なかなか難しいものを感じました。

新しいマイクロUSBコネクタが届いたのですが、



赤で囲ったコネクタの端子を、下写真基板の黄色で囲った端子と接続しなければならないと...そんな精密なハンダ付けnなど不可能です。どうしましょうか。

結局、ラジオペンチでコネクタと基板を挟んで力を加えながらヒートガンで炙ってみました。コネクタを外した際のような焼け焦げが心配しつつ炙って見た処、コネクタは基板に固定できたようです。ただ、コネクタの端子が正しく基板側と接合できたかは判りません。確認は不可能です。

その後、基板を筐体に戻し、電源やボリュームのスイッチを基板に接続、続いてバッテリー、液晶画面も接続、一晩充電後動作確認をしてみたのですが...

ウンともスンとも変化がありません。それどころか、分解前に電池残量がないことを示す赤い警告すら表示されません。これはマイクロUSBコネクタの接触不良によるものではないように思えます。

深みに嵌っていくのを実感していますが、まだ諦めてはいません。ちょっと考えます。

三菱のMRJ事業が継続して撤退できないのもこんな処かも...今更止められるか、と。無謀な作戦の代名詞として引用されるインパール作戦にはまだ至ってないとは思いますけど。


2017年7月6日木曜日

耽溺

先日、郊外のショッピングモールと言うには規模が大きくない食品スーパーと衣料品その他のテナントからなる複合施設を訪れた時のことです。

小用を足しに手洗いに入りました。用を足していると隣小便器に誰かが立ちました。離席?する際偶々視界に入ったのは...用を足しながら右手でスマホを弄っている姿でした。

器用というか...まぁ、御自分のスマホをどんな手で弄ろうと知ったことではないわけですが、そうまでしてスマホ操作に駆り立てる一体何があるのでしょうか。人馬一体という語がありますがちょっと違うような。

できることなら個室で弄ることをお勧めします。

2017年7月3日月曜日

無謬2

ここで、ちょっと疑問なんですが、過去、開戦から敗戦に至った経緯やその原因の公的な検証は行われてきたのでしょうか。公式文書の存在を見聞した記憶がありません。まぁ、注意を払っていませんでしたから....
失敗の本質 日本軍の組織論的研究
よく知られていますが、公的機関による調査、検証ではなく、国家に文責はありません。開戦後の失敗した作戦のいくつかを論じた学際的研究書のようです。

で、少し検索してみた処、戦争調査会という調査機関が政府により一時設置(1945年)されたものの、翌年廃止されたようです。廃止はGHQの意向によるものとのこと。2001年になって戦争調査会の議事録が完成し閲覧できるようになったとのことですが、これは敗戦を検証、報告した公式文書ではないでしょう。

結局、当時の日本を敗ける戦争へと駆り立てた行動原理、及び、敗戦の原因は未だ公式には究明されていないということでしょうか。事実ならば驚きです。

だからこそ、敗戦から終戦への掏り替えが可能ですし、終戦と強弁するために今後も敗戦の原因究明は禁忌とされ続けるのかもしれません。

日本の体質の根幹を垣間見た気がします。同じ轍を踏みかねないな、と。

尚、前のエントリで誤解を恐れず次は負けないと記しました。ここには、紛争解決の手段として武力の使用を否定、不戦の意味も勿論含んでいることをあえて申し添えておきます。戦わなければ敗戦はありませんから

2017年7月2日日曜日

無謬

”無謬”について思った処を少し。発端は、先日目にした次の記事です。
田中真紀子氏が加計問題に参戦
加計問題については触れません。

記事中、社会保障の会議の席で交わされた田中真紀子氏と安倍晋三氏のやりとりが、田中氏の日記として記されているとのこと。事の真偽は勿論知りません。
田中氏「日本が敗戦して」
安倍氏「真紀子さん、今なんて言った?」
田中氏「敗戦よ」
安倍氏「あれ終戦なんだけど」
田中氏「中国や東南アジアへの侵略戦争でしょ」
安倍氏「違う違う。アジアを解放するために行ったんだ」
敗戦と終戦は意味が異なります。両者は対義の関係にはありません。敗戦して終戦になったり、終戦の結果が敗戦だったりするわけです。敗戦と戦勝、開戦と終戦を混同して敗戦を終戦と言い換えること自体、非論理的です。

日本はポツダム宣言を受諾して無条件降伏をしたというのは私の記憶違いでしょうか。初等教育課程でそう教えられたはずですが。敗戦以外の何ものでもないのは、いちいち記すまでもないことです。

何故、敗戦が終戦へと掏替えられるのか。敗戦を受容していない、過去の事実から目を逸らしている姿勢は明らかです。負けてないと。じゃ勝ったのか? 

このように事実をそれとして直視しないことこそ愚が繰り返される原因です。事実を認め、その原因を検証して初めて同じ愚を回避することができます。将来の成功の糧として失敗の原因を究明することは必須であって、ことさら言うまでもありません。

しかしながら、これまでも、そして今でも失敗の原因究明がなされないため同じ轍を踏む事例が散見されます。未だ敗戦の終戦への掏り替えを見聞しますし、かつてその掏り替えを行った当人は国家の最高責任者だったりするわけです。

もう少し突っ込んでみると、実は、”敗戦”の使用を避け、そこを曖昧にしたまま終戦”という語で象徴させることで立場上都合がいい方々がいるのでは、という考えに至っています。

信念や思想信条として敗戦という事実から目を逸らしている部分があるであろうことは否定しません。しかしながら、自身の立場を保ち、窮地に立たされる、或いは、矛盾を追求されるのを嫌ってのことが主ではなかろうか、ということです。

例年、終戦記念日が近づくと総理を含む内閣閣僚が靖国神社を参拝するの、しないの社会が喧しくなります。参拝の理由は、
日本のために尊い命を犠牲にされたご英霊に対し、尊崇の念を表し、み霊安らかなれと手を合わせた。二度と再び、戦争の惨禍によって人々の苦しむことの無い時代を創るとの決意を込めて不戦の誓いをした
が典型でしょうか。では終戦を敗戦に置き換えるとどうなるか。上述のように敗戦という失敗を繰り返さないという趣旨で靖国神社を訪れるならば、その思いは
次は負けない
となります。そのためには敗戦の原因究明は勿論、敗ける戦争に踏み切った判断の謬りの検証も欠かせません。当時の指導者、軍部に対しても敗戦責任が問われるのも当然で、糾弾されるのも致し方ないところです。戦争を仕掛けたでのはなく、敗ける戦争を仕掛け(或いは仕向けられ)そして敗戦という結果を残したという見方をすれば、その重大な責任を帰すべき処も有耶無耶にはできません。

浅慮な為政者が差配して国を誤らせた責任は問われて然るべき、ということです。それを、当時はやむを得なかった、仕方がなかったなどと理解することは、判断の誤りの否定を意味します。正に無謬性の現れそのものです。

つまり、前の戦争を敗戦と捉えると、その轍を踏まないために、碌々結果を想定することなく米国との開戦(敗戦)に踏み切った為政者に対し、

何故そんな判断を下したのか
と、その愚かさを非難しつつも敗戦の原因を究明し、

そのせいで後世代の日本人は非常に苦労させられている
と、その影響が国際的な立ち位置や国家債務、人口動態未だ尾を引いていることを詰りつつ
次は負けない
との誓いをすることが整合性ある姿勢です。しかしながら、そんなことができる理性と度量が、現体制の人物に備わっているかを考えれば、まぁ、無理な話です。

例えば、現総理が戦犯指定を受けた自身の御祖父である故岸信介元総理を含む、当時の政府や軍部等、精神論や空気に支配された情緒的な覇権主義賛同者を指弾することになりますから。

終戦という語に掏り替えておけば、戦前、戦中の旧政府、軍部によって判断され実行に移された、自身の親族を含む先人の謬りを認め、それらを否定せずとも済むわけです。


無謬2

2017年6月25日日曜日

手形

正に空手形という形容がぴったりかと。
小池流、豊洲・築地の「落とし所」 これは妙案?目くらまし?
都議選前、小池百合子知事から築地市場の豊洲市場への移転問題で基本方針の発表がありました。会見で使用された図がネット上から入手できなかったのでここからちょっと借用。
(会見で使用したスライド資料は、こちらをご覧ください。)(PDF:639KB)
豊洲・築地合算のキャッシュフロー収支が黒字化って...グラフの実戦部分は確かなんでしょうか。点線部分は不確定としても。平成六十年、今から三十年後の財務状態までなぜ実線で描けるのか理解できません。

その頃関係者残っているのか?少なくとも平成九十年、ま、平成じゃないわけですが、当時を知る関係者はいるはずもありません。

先送りという民主主義の本質が如実に現れているわけです。勿論、現在も過去の先送りの結果なんですが。こうして負担というバトンは未来に渡されていくと。みんなで決める民主主義、ただそのみんなの中に将来世代は含まれていませんから。

泡沫

名古屋近辺に限った話かもしれませんが、高級食パンが注目されているようです。食パンバブル、或いは、ピケティの格差論(r > g)が具現化したのか。

1本 (2斤程度)1,000円程度は珍しくもなく、果ては1本2,200円だとか。その一方、スーパーやドラッグストアに赴けば時間によっては見切り売りされているわけです。PBのパン1斤、見切り売りで60円...最大格差20倍ですか。

購買意欲がピクリとも刺激されないわけなんですが、何か中毒性というか常習性みたいなものがあるのでしょうか。握り飯なら心が微動ぐらいはするかもしれませんが、1,200〜1,500円のり飯って...

さてと、お昼にカツ丼でも食べに行きましょうか。どうでもいい話でした。

2017年6月24日土曜日

行儀

永らくセゾンカードを保有しています。一年ほど前でしょうか。
——緊急の問題に即座の対応が可能なよう、携帯電話の番号登録をお願いします。——
といった旨のメールを受信しました。それまでは自宅の電話を登録していました。カード番号他の個人情報流出事案や詐欺メールが氾濫する昨今、”まぁ、そうした方が好ましいのだろう”と登録しました。

それからほぼ一年。保険の勧誘以外、セゾンからの着信はありません。勤務中、運転中、土曜の20:00とか。

不愉快この上ないわけです。特に、顧客のセキュリティを慮ったかのメールで携帯電話の番号登録へと誘引する手口は、欺かれているようで行儀が悪いなぁとセキュリティ部分で顧客の不安を煽ってそれを営業に利用してとの理解です。

固定電話にも頻繁に勧誘電話が着信するようなら、その番号の削除も考えます。
——勧誘電話が不快なので固定電話の番号も削除します。それでカード解約なら構いません。——

鏡像

鏡に映さなければ自らの姿は見えません。
決して行政をゆがめるような仕事はしていない

俯瞰して確たる中立点を定めない限り、歪めたのか否か判別できないのでは。

読売やNHKに代表されるメディア各社が公正中立を自ら騙っているのと何ら変わりありません。 

2017年6月23日金曜日

紛乱

やはり経験の差かもしれません。

並の二回生議員なら燃料投下になっていたかと。
自民・河村氏「男ならいっぱいいる」=豊田氏の暴行、直後に発言撤回
”まだ東北で、あっちの方だったから良かった”と発言し、取り消しても炎上、火だるまになって辞任、という大臣もいましたから。

まぁ、かつての民主党のように一気に膨張した政党には勝馬に乗ろうと夾雑物が混入するのはやむを得ないかも。小泉自民、橋下維新、河村減税の時がそうであったように。都議選後の小池都民第一を予見させます。

問題議員はどんどん退場願ってAIに交代頂くのが効果的かも。当然、”政治は機械には無理”との声もあるでしょうが、”機械の方がまだマシ”な方にはさっさと引き下がってもらうと。誰もいなくなってしまうかもしれませんけど。

今回の豊田暴言・暴行騒動は、
豊田真由子議員に元秘書への暴言・暴行疑惑「このハゲーーっ!」 週刊新潮が報じる
都議選告示日(6/23)前日でした。次は投票日(7/2)前日あたりでしょうか。

ところで、”ハゲ”って人の外見を嘲る差別用語じゃないんでしょうか?誰も突っ込みませんが...”人を見かけで判断する差別主義者”のレッテルを用意して今後を見守ります。

2017年6月21日水曜日

修理3

修理2に続けます。

充電不能なKindle Fire HD8を弄っていて、マイクロUSBコネクタ交換の準備を進めているわけですが、調べてみるとかなり細かなハンダ付け作業が必要なようです。

この老眼の眼で作業を無事終えることができるかどうか...

加えて交換用のマイクロUSBコネクタなんですが、これほど種類があるとは思いもよりませんでした。マイクロUSBコネクタのコネクタ部分は規格化されているので、てっきり容易に入手可能な汎用品が使用可能と思っていました。普段目にすることのない表面実装部分によって、おそらく製品毎にと言っていいほど非常に多岐に渡っていました。

国内の電子部品通販サイトでは見つけることはできていません。バッテリと同様に専用設計品なんでしょう。

取り敢えずKindleを分解、マイクロUSBコネクタを取り外してみることにします。下写真は筐体から取り外した基板です。


元に復元できるのでしょうか。マイクロUSBコネクタはグラつきもせずしっかり基板に付いていました。内部の接触不良が原因かもしれません。

さて、マイクロUSBコネクタを交換するには、これまでのコネクタを基板から外さなければならないのですが、これが一筋縄ではいきませんでした。下写真はコネクタ周辺ですがコネクタの際近くまで部品が実装されています。


ハンダごてをあてる余裕がありません。やむを得ず裏面から端子部にフラックスを塗布しながら追いハンダしてみるものの微動だにしませんでした。

調べてみると、どうやらヒートガンの熱でコネクタ全体を加熱して取り外されているようです。で、該器具を手配、合わせて入手したカプトンテープでコネクタまわりを熱から保護して、

熱風をあてた所、ようやく外れました。
熱風と言ってもハンダを溶融させる程の高温です。熱風をあてている間、おそらくフラックスからのものか発煙があり、コネクタ右のマイク端子のプラスティック部も変形しました。

取り外したコネクタは上写真のように焼け焦げ、内部の樹脂部分は溶融していました。温度が高過ぎたか。

カプトンテープで保護していますが、基板や周辺部品を熱損傷させたかも...

とは言え調べる手立てもなく、このまま新品コネクタが届き次第基板に実装してみます。


2017年6月17日土曜日

技量

もっと見直されてもいいんじゃないかと思いますが、まぁ無理なんでしょう。

食べログやSNSでケータリング、或いはテイクアウトされた料理の写真を見かけることがあります。飲食店内で撮影された写真に比べかなり少数です。又、それらの殆どはデパ地下、コンビニ、スーパー、飲食主流の料理店、寿司やピザ、弁当に代表される出前専門のチェーン店からの料理が占めています。

飲食絡みの情報はリアル、バーチャルを問わず氾濫しています。広告宣伝と、主観、客観を含めた消費者からの情報が入り交じる中、一般の消費者に優先的に届く情報は広告であり、その後該広告に対する消費者の反応だったり、有名店やチェーン店利用者の口コミが続きます。

で、この輪の中に含まれていないわけです。家族経営の仕出し屋が。永く続いている仕出し屋に目もくれず、デパ地下だったりスーパーや惣菜チェーン店のテイクアウト品を云々しても信憑性に欠けるなぁと。

永く続いている店にはそれなりの理由があって、侮っちゃいけないというのが率直な思いです。目立たない場所に立地し、目に入る正面ガラスケース内には僅かな商品が並ぶのみ。その他の品揃えも窺い知れず...控えめというか、不明瞭というか....ネット上に写真が出回らないのも頷けます。

店内で飲食できるわけではありませんから雰囲気もサービスも、いわゆる飲食店とは異なります。出前と持ち帰りのみですから正に”味わいファースト”なんじゃないかと。

下手なチェーン店など軽く凌駕していると思っています。精肉店の揚げ物と同じく、刺身、照り焼き、鰻、鯖寿司あたりは質と価格のバランスに秀でているなぁ、と改めて実感しています。

仕出し屋という業態がもう少し注目されてもいいのでは、と思いつつ、写真投稿こそが生きがいの連中に侵食されないことを願って止みません。

対岸

前のエントリ触れた組織犯罪処罰法改正案ですが、”冤罪が多少発生してもやむを得ない”的な意見をしばしば見聞にします。吉本興業 松本人志氏の
「いいんじゃないかな」
「冤罪もしょうがない」
発言などは典型的な例でしょう。これに類した話としては例えば、フィリピン ドゥテルテ大統領の麻薬撲滅戦争が直ちに想起されます。
ドゥテルテ大統領の容赦ない麻薬撲滅戦争 超法規的殺人の急増でフィリピンの路上に死体が転がる
この超法規的対策は、麻薬犯罪者の人権を蹂躙するものとアムネスティ・インターナショナルや国連から強い批判を招きました。

前者は謀議の段階、即ち実行に至る前の計画者に適用される罪であり、後者は麻薬犯罪の犯人に対して採られる対策です。テロにしろ麻薬犯罪にしろ社会の大多数が撲滅を願っているのは間違いありません。その実現に向け、実行前に犯人の身柄を拘束することでテロによる社会的損失の発生を未然に防ぐ、麻薬犯罪者を厳罰に処し再犯防止、抑止効果を狙う、という選択は理解できないわけではありません。その手法が社会から一定程度支持されるのも頷けます。

しかしながら、実行前の嫌疑、犯罪者に対する厳罰の各々において、冤罪に代表される、自身に何ら責任がないにも拘らず被る理不尽な不利益の発生は免れないと考えます。それらを抑止する仕組みは全く不十分です。

例え、そういった事案の発生が回避し得ないとしても、それを致し方ない、やむを得ないことと容認してしまうことには強く反発します。

該理不尽な不利益は、社会的損失や危機の回避、治安の維持や社会不安の除去等、社会正義の実現や公益への貢献という本来の目的が歪曲形骸化せしめられることによって起こるのでは、と思料しています。原理主義的考え方かもしれません。

で、その根源、そういった本来の目的を歪ませる力は様々ですが、思いつくままに挙げれば、予断、ステレオタイプ、組織防衛、空気、威信、体面、裁量、責任回避保身、減点主義、功名心といった処でしょうか。

これらの力が公権力を濫用せしめ、手段の目的化を通じて過失である誤認のみならず冤罪や隠蔽を生み出しているということです。昨今よく見聞する、痴漢冤罪問題も上記の予断、偏見、空気辺りにその理由を求めることができます。
「何を言っても女の意見だけで痴漢が成立する」 平井駅で痴漢冤罪? Twitterで多数の無罪証言も男性は警察に連行
電車内の痴漢現場と冤罪と私
加えて、行政の公正性に疑義を抱かせる不祥事は枚挙に暇がありませんいちいち例を挙げればキリがありません。ここ数日の事例を検索しても
【福岡・母子3人死亡】 父親の警察官、母を殺害容疑で逮捕 「事実ではありません」と否認(UPDATE)
150万円着服した20代婦警の「副業」はデリヘル嬢だった!
あたりは個人の問題と片付けられるのでしょうが、
 警視庁本部 中村格刑事部長(当時)の判断と法治主義
情報漏えいで愛知県警が調査
等は職権や組織の体質と密接に関わる事案です。真偽はともかく、
前川・前事務次官に激怒して、安倍官邸が使った「秘密警察」
といった話も...

斯様に公権力を有する組織だからといって、謬りを犯さないわけではありませんし、時には恣意的行使が為されるわけです。又、該組織を構成する個人が必ずしも公僕として適切な倫理観を有しているとは言い難いのも明白です。

冤罪他の理不尽な不利益を生み出してしまう素地が変わることなく温存され続けています。この状況下、謀議の段階でテロ等準備罪に問うことを可能たらしめる組織犯罪処罰法改正案は、更なる理不尽な事案の発生へと拍車をかけるのではないか、という懸念が脳裏を過るのも無理からぬことです。

その一方この時、”そんなこと言っていたら何もできない”即ち、”一定程度の冤罪、不利益の発生はやむを得ない、容認すべきである”という声も必ず上がります。そういった意見は、”自分は冤罪被害に遭うはずがない、自分が理不尽な不利益を被ることなど断じてない”等の自信の発露なんでしょうか。過信ではなく...

更にこのことは見方を変えれば、理不尽な不利益を被った人々の切り捨てに他なりません。”そんなこと言っていたら何もできない”の影の部分を鑑みないまま手放しに該考えを支持することは到底できません。

”明日は我が身”などと喚起するつもりはありませんが、少なくともその危険が存在することは認識すべきと考えます。”他人の痛みはわからない”というのは紛れもない事実ですが、対岸の話と片付けるのも能天気が過ぎるんじゃないかと。

誤解を避けるため申し添えておきます。組織犯罪により社会が重大な損失を被る前の、その準備段階を罪に問うことは断じて支持できない、との考えはありません。しかしながら過去を顧みて、社会の過ち、権力の暴走という危険が十分に排除されているとはとても言い難いのも事実です。

テロ等組織犯罪を、謀議の段階で罪に問えるような立法措置をするならば、やはり権力の過剰行使、恣意的行使を牽制する枠組みも同時に構築する必要があります。押す力を強化するならば、合わせて引く力も強め均衡を図るべきです。

不可避かもしれない理不尽な不利益の発生を抑制する不断の姿勢、そういった行政の自律機能は不十分なままです。この部分を放置したままの本法案成立は、全体主義、国家主義の台頭を予見させる危さを禁じ得ません。

もう少し賢くなれないものでしょうか。

ところで蛇足ですが、フィリピンのドゥテルテ大統領、今度は喫煙者の取り締まりを強化するとのこと。
フィリピンのドゥテルテ大統領禁煙規制が超理想的で号泣レベル
いや、どう見たって喫煙者の取り締まりより治安の改善が急務なのでは?、というのが率直な印象です。

2017年6月9日金曜日

新・忖度

昨今、忖度の語から想起される事案といえば勿論、森友学園問題だったり加計学園問題だったりします。

本日、加計学園が今治市に獣医学部を新設する計画について、”官邸の最高レベル”、”総理の意向”といった文言が記された文書を巡って、その存否を追加調査するとの報道がありました。
加計学園文書、「国民の声」で政府方針一転 菅長官、追加調査は「賢明な判断」
結局、 文書が見つかり、忖度したとされるどなたかが人身御供となって落着という流れなんでしょうか。ただ、そうであっても、
——忖度があったかもしれないが、自分は何も指示していない——
という総理答弁になるのは明白です。かつての、”秘書がしたことです”に続く、”忖度があったかもしれない”ブームの到来かもしれません。

では、直接の指示、命令さえなければ問題はないのか、という話になるわけです。

平成16年11月の最高裁判決は、(命令や指示等の教唆とは関係なく)暴力団組長の使用者責任を認めるものでした。その後、平成20年の暴力団対策法改正で被害者側の立証責任の負担が軽減され今に至っています。
暴力団組長に対する使用者責任追及
暴力団トップに暴対法の「使用者責任」 初適用、弁護士「責任の所在が明確になった」

反社会的な組織の長であっても不法行為における使用者責任が追求されます。社会的な組織ならなおさら責任が求められるんじゃないでしょうか。合理性を欠く組織という共通点もありそうですし。

甘利明経済再生担当相、今村復興相等、閣僚の不祥事、失言で常々任命責任を自認されている安部総理です。”責任はあるけどそれが何か?”という姿勢ですが...

この際、総理補佐官やら内閣府審議官内閣官房参与といった官邸の最高レベルに対する使用者責任も問われて然るべきなんじゃないかと思料した次第です。

2017年5月27日土曜日

濫用

先般、衆院法務委員会において賛成多数で可決された組織犯罪処罰法改正案について少し記してみます。本改正案で「共謀罪」の構成要件を改めた「テロ等準備罪」が新設されることになるわけですが、このテロ等準備罪を巡って野党から激しい批判の声が上がっています。

その一方で、言葉通り大事に至る前の準備段階に目を向け”テロを未然に防ぐ”という趣旨に賛同する声も少なくないように見受けられます。

社会に大きな危害を与えるテロ行為、及び類する重大犯罪を、その準備段階から犯罪として社会の損失を防ぐ、という考えについては異論なく支持されているのではないでしょうか。

しかしながら、冤罪増加の恐れは勿論、該準備罪とは全く無関係の市民、団体が”疑いがある”という理由で捜査対象とされてしまう危うさは、野党のみならず有識者からも強い批判を招いています。

この批判の由来について少し考えてみると、それはやはり行政に対する不信感が根本なんだろう、という話に帰結するんじゃないかと。

真偽はさておき、ここ数日衆目を集めている

前文科次官「文書は存在」=「行政ゆがめられた」-加計学園問題で会見
といった報道も行政の公平性、信頼に関わる事案です。こういった歪められた行政の最たる場合が行政機関の一組織で強力な権限を有する検察、警察による冤罪であり、捜査の名の下に行われる人権侵害です。

これまで露見しただけでも一体どれだけの冤罪事件があったか。記憶を手繰るだけでも
松本サリン事件
足利事件
輪島事件
袴田事件
志布志事件
障害者郵便制度悪用事件
が思い起こされますし、痴漢冤罪事件は枚挙にに暇がありません。直近では
電車内の痴漢現場と冤罪と私
痴漢えん罪経験者~弁護士さんコメント全文書き起こし~
といったブログを目にしました。未だ痴漢冤罪をなくす有効な手立てはなく、冤罪撲滅に向かっているとはとても言い難い現状にあるとみています。行政は、今尚、冤罪の発生を放置しているかの如く有り様です。

これら冤罪は疑いもなく警察権や検察権の濫用による人権蹂躙に他ならないと考えています。で、冤罪による人権蹂躙が白日の下に晒された時、行政の最高責任者はこれまでその事実にどう向き合ってきたのでしょうか。寡聞にして存じませんが、黙殺といった印象です。最近良く耳にする、”任命権者は私だ。責任はある。”、が、何もしない、ということと同じなのか。

警察や検察はどうかというと、”捜査、取り調べは適法に行われた”、”上級庁と協議します。”、”判決を精査して今後の対応を検討します。”といった処でしょうか。官の無謬性が見事に現れているわけです。

この辺りの姿勢を鑑みれば警察権や検察権に代表される国権を、自らが濫用する危険を踏まえて自律的な行使に努めようとしているとはとても思えません。特に、”捜査、取り調べは適法に行われた”は、”だから冤罪が発生しても問題ない、やむを得ない”、を言外に示す文言であり、正に現状の肯定を意味します。

国権の濫用を省みることなく、冤罪撲滅に取り組むつもりがなければ、冤罪が繰り返されるのは自明です。

この環境下では、「テロ等準備罪」の新設が、国権の濫用による新たな冤罪の発生、不当な捜査件数増加の懸念材料になるとして反発を生むのも尤もなことかと思った次第です。

さて、衆院法務委員会その他で法案について、検察官から民進党衆院議員に転身した山尾志桜里氏が金田法相他を筆頭に厳しく追求されています。その激しい批判の姿勢を見るとですね、
その追求の根幹には自らの実体験があるのではないか?
つまり、ご自身の検察官時代そういった手練手管を目の当たりににしたか、或いは自身も関与したことがあったのでは、と邪推してしまいます。そうであるならば、花見か下見かとか、山でキノコを採る云々より自身の実例を開陳した方がよほど効果的かと考えます。

守秘義務がありますから決して口外されないでしょうけど...

ところで、上述の”だから冤罪が発生しても問題ない、やむを得ない”についてですが、別のエントリ思う処を少し記します。

2017年5月25日木曜日

象徴

小学生の時始めて象徴天皇の語を耳にしたものの、以来ずっと意味する具体像が思い浮かばないまま今日に至っています。

なんだ、未だ明確に定義できてないということですか。参加者各人勝手に捉えているだけでした。驚いています。これじゃ、小学生が理解できないのも当たり前です。
私たちと「象徴天皇」 ~政府の有識者会議「最終報告」を受けて~
現行憲法で
 第一条天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
と定められている以上、象徴の意味は既に明確に定義済みと受け止めていました。法文が既にあって具体的内容が定まっていないというのも違和感を禁じ得ません。”こういうもの”という具体的内容が先ずあって、それを示す語として”象徴”を用いて法文を組み立てるのが通常ではないのでしょうか。

法文を作成して後から語を定義するって...後から都合よく意味する処、解釈を捻じ曲げられることに他なりません。それって肯定できることなのか?

少なくとも起草者には象徴の明確な定義があったはず、と考えます。起草者は一体どういった定義で象徴の語を用いたのか、当時の、そもそもの定義を踏まえない象徴について議論など地に足がついていない議論にも見え、そこにどれほどの意義があるのか疑問です。

結局何が明かになったのでしょうか。

2017年5月22日月曜日

不可

加計学園文書漏洩の報復、恫喝なのか、単なるゴシップなのか存じませんが、言葉が見つかりません。
前川喜平・文科前次官、出会い系バー報道。加計学園文書のリーク元と噂の人物に「官邸からのメッセージ」の声も
もう少し何とかならないものか。メディアも含め参加者皆失望させます。

全員この本を読んで学び直されたら如何でしょうか。

2017年5月21日日曜日

計策

どうにも理解に苦しむのですが...
【炎上】歌舞伎専門家が朝日新聞のインチキ偏向報道を暴露
異なる文脈でコメント引用 朝日新聞陳謝 新作歌舞伎の記事で関係者「絶望感味わった」
歌舞伎評論家のコメントを、本人の意に反した編集で流用された話です。該評論家は新作歌舞伎に批判的姿勢であるといった印象を抱かせます。

腑に落ちないのは捏造とも受け止められかねない編集の意図です。評論家の看板を盾に、新作歌舞伎に対する朝日新聞の評価を主張したいのか。新作歌舞伎を快く思わない第三者を朝日が代弁したのか。

或いは、記事中のもう一方の識者コメントとの対比を際立たせたかったのかもしれません。賛否の意見を併記することで、”多様な意見があり両者を掲載する朝日新聞は中立です”という自らの姿勢を読者に印象付けたかったのか。

であれば自らの中立性を偽装するため識者のコメントを捻じ曲げて悪用したことに他なりません。謝罪とか訂正より、その編集意図が気になるところです。

2017年5月20日土曜日

修理2

前のエントリに続けます。

Kindle Fire HD8互換バッテリをebay.comで見つけ注文したものの...届かないわけです。4/18に発注して4/27-5/17が到着予定でした。5/19になってそろそろ返金の申請を考え始めた頃、Tracking numberを追跡して見た処、川崎の税関保留の表示が。どうやら日本国内にはあるようですからもう少し待ってみます。

本日(5/22)バッテリが国際書留で到着しました。注文は米国ebay.comで、発送はおそらく中国、差出国はトルコ、で、到着は日本と....もう何が何だか...
で、バッテリーを交換、接続し、ディスプレイも接続して電源を入れてみたものの起動せず...こちらが勝手に充電済みバッテリーが届くものと思っていましたが、未充電だったようです。ACアダプタを接続するも全く変化なし。

引き続きマイクロUSBコネクタの交換へと進めます。まずは部品の入手から。


2017年5月16日火曜日

応力

比較のために日立系についての記憶を呼び起こしてみても、IBM産業スパイ事件程度しか思い出せません。おそらく、いくつかの談合事件があったような気がしますが。

で、東芝系なんですがやたらとネガティブな過去の事案が思い出されるわけです。この差が企業グループそのものに起因するのか、メディア対策の巧拙に依るのかは存じません。

思い出された事案をとりとめもなく挙げてみます。記憶を確かなものにするため、想起されたキーワードを元に検索はしました。

ここ最近の耳新しい粉飾決算、パワハラ疑惑、監査法人の変更、半導体事業の売却についてのウエスタンデジタルとの契約違反等については触れません。まぁ、よくも次から次へと独善というか傲慢な印象を抱かせる事案が露見するものだと、感嘆しています。

これまで蓄積された応力が東芝という枠の耐力を超え吹き出てきたということでしょうか。これまでの蓄積としては、
米国のFDCに関する訴訟
東芝機械ココム違反事件
RCサクセションの『カバーズ』はなぜ発売禁止になったのか
東芝クレーマー事件
消費者をを軽視したHD DVD撤退
【ITブラック】特許庁システムにまつわる黒い話が色々ヤバイ
(平成22年10月27日)株式会社東芝及び日本電気株式会社に対する課徴金の納付を命ずる審決について(旧郵政省発注の郵便番号自動読取区分機類の入札談合事件)
法令遵守、顧客満足についての意識が欠如していることが見て取れます。その集大成が今般の事案じゃないかと。これまでも予兆はあったし、そういう企業体質が是正されないまま今に至った、ということです。

例えば、東芝の株主総会で、米原発子会社ウエスチングハウス(WH)による原発サービス会社CB&Iストーン・アンド・ウエブスター(S&W)の買収に関し言い放たれた、
——当時の判断としては正しかった——
という文言はその証左です。上述の過ちが全く省みられていたとはとても言い難いわけです。過去を踏まえるならば、当時の判断は誤りだった、適切な判断を下すための材料が不足していたとの弁明が妥当な処ではないでしょうか。

2017年5月15日月曜日

軽重

民進党が支持されないワケを垣間見た気がします。

直近では、

「不倫メール」の元大使を叙勲 民進・緒方林太郎氏が国会で追及 岸田文雄外相は「過去にも懲戒処分受けた者を推薦」と反論
あたりでしょうか。これはこれで、15年前の下世話な話が蒸し返される形になっていて、叙勲の名を使った懲戒かも、と思わないではありませんが...
いずれにせよ、こんな程度の質問をする姿勢に器の小ささを実感するわけです。外交関係で追求を優先すべき事案は他にあるだろうと。

北朝鮮のミサイル発射は当然ですが、これは防衛や安全保障の委員会が質疑の場かもしれません。ただ、
韓国の文在寅(ムン・ジェイン)新大統領は、前の日韓合意について「韓国国民の大多数は『慰安婦合意』を受け入れられない」と述べた
は明らかに外交に関する話です。まぁ、新大統領就任以前でも順守されていなかったわけですが。この合意の下、韓国政府によって設立された「和解・癒やし財団」に日本政府10億円拠出しました。それに対し、韓国側は何を履行したのか?。疑問符がつく上、更に合意は受け入れられないと。

合意事項を履行しない韓国の内政問題が第一義であるのは間違いありませんが、だからといって”先方が履行しないから”で済む話ではないと考えます。

果たしてあの合意は何について合意したのか、真に合意したのか、或いは単に”合意したこととする”ことを合意したのか、疑念は尽きません。安倍政権が外交成果を誇大にアピールする目的で”合意”の文言を用いたのでは、とも勘ぐれます。

国内メディアから見聞できる報道が事実であるとすれば、合意をした、及び合意事項を先方に履行させられない日本政府の責任というのも問われて然るべきではないでしょうか。日本政府は一方の当事者ですし、既に女性のためのアジア平和国民基金を設立していたにも拘らず、という過去を踏まえた上での合意ですから。

韓国側が合意事項を履行しない、できない理由、障害は日韓合意の何処に在るのか、そういった部分は詳らかにされなければならないと考えます。疑問の余地なく国益を毀損しています。あくまで国益を鑑みた上で政権に対し厳しい姿勢で臨む、それが野党の存在意義ではないでしょうか。

共謀罪関連で言葉尻を捕らえられる、閣僚の舌禍等、政権与党に属する政治家の言語能力が不十分であることは確かです。醜聞にも事欠きません。しかしながら、解明すべき問題には口を噤み、それを突いてどうする、それで事態は好転するのか、といった醜聞まがいの案件にはやたらと注力する、そんな場面をしばしば目にします。

まぁ、週刊誌の記者紛いに揚げ足取りこそ我が本分としてその座を固持するつもりなら致し方ない話です。責任の重さやダブルスタンダードに対する批判の勢いを考えればお気楽なのかもしれません。断じて支持拡大には繋がりませんけど。

2017年5月8日月曜日

修理

親族が使っていたAmazon Kindle Fireが壊れました。充電中に何度か落としたようです。充電不能になりました。いつまで経っても充電状態のインジゲータは赤色点灯で変化なし...Amazonのカスタマーサービスに連絡し、電源ボタン40秒押し、電源ボタンとボリュームダウンボタン同時押しで再起動、メンテナンスモード起動を試みるも起動しませんでした。

結局、代替品として後継のKindle Fireを手配し手元には充電できないAmazon Kindle Fire HD8が残されました。

で、廃棄するのも如何なものかと考え、分解修理に着手しました。Amazonには修理対応もありませんし。当該機種について、海外のサイト、YouTubeには分解、部品交換の様子がアップされていますが、日本語のサイトは見つかりませんでした。

備忘録として一部写真と共に記しておきます。
参照サイト
Amazon Fire HD 8 Battery Replacement
該サイトによってkindle本体からスクリーンパネルを取り外すには、ドライヤーで温めてこじ開けることを知りました。感謝致します。下はこじ開けツールでこじ開けた写真です。



今の処、何度か落として充電できなくなったということですから、充電ケーブルを抜き差しするマイクロUSBコネクタに過度に力が加わって接触不良になったんじゃないかと推測しています。ただ、検索してみるとバッテリの経年劣化で充電できなくなったという場合もあるようです。

取りあえずKindle Fire HD8向けバッテリを入手、交換して起動、充電できるかを調べてみようかと。(バッテリはコネクタの抜き差しで交換可能です。ところが、マイクロUSBコネクタの交換となるとハンダ付け作業が必要となるため更に手間がかかります。作業が容易な部分から手を付けようということです。)

現在海外からバッテリの到着を待っているところです。

修理2

2017年5月7日日曜日

立憲

公共の場における化粧について冗長に書き連ねた結果、思考が発散した状態で立ち止まったままでいます。一旦離れて、旬の話題に触れます。

毎年、憲法記念日前後になると護憲、改憲と喧しいわけです。お約束なんでしょうが、今年は護憲のトーンがやや低めに報じられているような印象を抱きました。安倍政権の憲法改正発言を忖度して、何らかの力が働いているのでしょうか。或いは、護憲勢力がへなちょこ過ぎるのか。特に民進...
憲法改正2020年「施行」目指す 安倍首相、読売インタビューで明言
こういった報道を見聞すると、その度に立憲国家としてこれまで憲法を尊重、遵守してきたのかと疑問の念が去来します。象徴、基本的人権、武力、義務教育、文化的な最低限度の生活...定義の曖昧さが常に付き纏います。

GHQの押し付けとか、時代にそぐわないという論を否定する意図はありませんが、守ってこそ、守る努力を払ってこそ憲法にその存在意義が認められるわけです。

憲法は守られてきたのか、守るということはどういうことか、そういった部分をおざなりにしたまま護憲とか改憲が声高に叫ばれても言葉弄りの感を拭えません。

いくらご立派な憲法が制定されても、解釈で合憲としたり、違憲の放置が容認される国家では、護憲、改憲の声は空虚に響きます。意義を見出だせません。それは無憲国家です。

2017年1月15日日曜日

化粧(3)

前のエントリに続けます。

では、何が前記社会通念を墨書せしめているか、社会的圧力の由来は何かについて思料してみますと、おそらく同調を求める空気とか旧来からの強固な価値観ということになるわけです。ただ、更にそれらの根底には消費の煽動者が潜んでいるのではないか、と見立てています。

土用の鰻、バレンタインデーのチョコレート、デ・ビアスが先導した婚約指輪の相場、恵方巻にクリスマス、昨今ではハロウィンと、実はそういった販促イベントに通底する商業主義が社会的圧力を保つ原動力になっている、ということです。

今、化粧品メーカを核にその周辺も含めた化粧品関連産業を考慮すれば、該メーカと共に原材料を供給する化成品製造、商社、問屋、小売、通販等の販売、物流、更に広告宣伝を担うメディアと、その産業は多岐にわたります。化粧品のみの専業ではないとしても、その従事者も膨大です。昨今はコンビニ、ドラッグストア、100円均一でも品揃えがありますから。(化粧品業界の市場規模:約2兆円

ここに化粧品を利用する職業である美容(市場規模:約1.5兆円)、エステティックサロン(市場規模:約0.35兆円)、ブライダル、専門学校を加えれば化粧品関連全体の市場は大凡4兆円程度となります。

これは例えばチョコレートを含むお菓子の市場規模約3.3兆円を上回る額です。0.1兆円にも満たない鰻の蒲焼、推計0.054兆円の恵方巻きとは桁が違います。

上記状況を鑑みれば、”社会人女性にとって化粧は必ずしも義務ではない”、”女性が活躍できる社会においては化粧よりも仕事と家庭の両立こそが優先事項である、といった考えが社会に広く浸透してしまうと、化粧に関わる職域に属する人々にとって不都合が生じるであろうことは容易に想定できます。

実際、他人だから(どうでもいい)という理由も含めて、女性がノーメイクであっても構わないという立場から、
——ノーメイクで家を出たからといって、電車内で行わなければならないほどの必要性は化粧には認められない——
という理由で電車内の化粧はすべきではない、との意見も見かけます。しかしながら、該意見を支持する声はそれほど多くはなく、必ずしも明示的ではなくとも、「化粧は社会人女性に必要不可欠なマナー」という観念を前提としての電車内の化粧批判が大勢を占めているといった印象を拭えません。

(但し、自らの利益に関わる既得権の維持を目論む側は、声が大きくなりがちです。”女性に化粧は不可欠”であることの正当性を強く訴えなければなりませんから。一方、この観念を支持しない側は、化粧が義務ではないことを主張したとしても特段得るものはなく、あえて声を上げる動機がありません。いわゆる、サイレントマジョリティの状態ではなかろうかと。つまり、”化粧は女性の義務”との考えは真に社会の主流だろうか、という疑念は解消できないでいます。)

ただ、ここで少し視点をずらし、電車内でノーメイクの女性と乗り合わせた場合を想定してみます。こういった状況において、該女性が化粧していないことでマナー違反、社会人失格と指弾された事案、この事案に対し賛否の炎上があった例がこれまであったでしょうか。ちょっと思いあたりません。女性がノーメイクで電車に乗車していたとしても、車内で化粧さえしなければ、他人事と片付けられ話題にすらならないのが実の処ではないかと。確固たるマナーとして女性の化粧が認知されているならば、”電車内にノーメイクの女がいた”という炎上例があってもいいはずです。車内のノーメイクの女性を指して社会人失格などとあげつらうのは、これはこれで一体何様?、人として頭大丈夫か、といった思いが頭をもたげてきます。

つまり、電車内で化粧すること自体がマナー違反、女性社会人として失格であって「化粧は社会人女性の義務。人前にノーメイクで出るのはマナー違反。」ではない、ということです。”化粧は女性の義務”云々は、電車内の化粧を批判する理由には全く当らない、切り離されるべきと考えます。

2017年1月13日金曜日

難癖

他山の石ということなんですが、迷惑です。LINE株式会社に苦情メールを入れるべきでしょうか。

先日受信したメールを引用します。
LINE安全認証お客様のLINEアカウントに異常ログインされたことがありました。お客様のアカウントの安全のために 、ウェブページで検証してお願いします。
こちらのURLをクリックしてください。安全認証http://(line.meに似たURL)
三菱東京UFJ銀行の場合と同じく、LINEのアカウントを持っていようがいまいがお構いなしに上記メールを送っているのでしょうか。異常ログインって...自分のIDもパスワードもありませんが...いや、もしかしたら、LINE株式会社が勝手につくったのかも。

”本人の同意なしに、勝手にアカウントが作成されている。一体御社のユーザ管理はどうなっているんだ?”と、LINE株式会社に筋違いの苦情メールを送ってみるべきかもしれません。

ここのところ、ネット関連のセキュリティ事案をよく見聞します。上記LINE安全認証メールの他、
LINEで電話番号を聞いてくるヤツは犯罪者だと思ってよい
だったり、
フィッシング詐欺の狙いや仕掛けがますます高度化して危険になっているようです
マイクロソフトのOfficeに絡めてきたり、 
アダルトサイト閲覧者に不正請求 被害10億円か
といった話も。実際の処、自分が登録しているサービスの運営会社から異常ログインだの不正侵入云々の警告メールが届き、ログインとパスワード変更を促された時、疑って一呼吸置く自信はありません。反射的に指示されたURLをクリックしてしまいそうです。

いつまでもGoogleの迷惑メールフィルタリング機能ばかりに頼っているわけにはいかない話です。とりあえず、メール本文からのリンク機能無効化程度しか思いつきませんが、これはこれで不便ですし...

メール本文中のリンクをクリックすることにあまりに馴れてしまっています。それを指してリテラシが低いと言われても困ってしまいます。自身が登録している常用のサイトから”リンクを埋め込んだメール”が届いた時、都度難癖をつけ続けるのも一策かもしれません。