2016年6月24日金曜日

再認

以前、トンカツに纏わるエントリで挙げましたが、未だ川崎市宮前区のとんかつ勝義に優るメンチカツに巡りあえていません。(随分昔の話です。今は存じません。)


内食?、中食?となると、コロッケと同じくメンチカツも山垣畜産や三田屋総本家、三田屋本店といった関西の店が私の中では依然上位を占めています。

そんな中、メンチカツ好きにとってありがたい、新たな一店を知ることができました。自分にとってですが...

勿論、デパート、スーパーでも、チェーンの弁当、惣菜店でもなく、精肉店、揚げ物をやっている肉屋です。店の名はやはた屋、名工大が近くにあります。

所用で通りがかった際立ち寄って、メンチカツ始め、お決まりのコロッケ、ハムカツ、串カツの揚げたてを持ち帰りました。


実は肉屋の揚げ物だからといって旨い旨いと手放しに受け入れているわけではありません。ツナギの多さが気になるメンチカツ、冷凍の出来合いを揚げているんじゃないかというコロッケに当たったこともあります。本当の処は確かめようがありませんが...

で、自宅で口にしたこれらの揚げ物はどうだったかといえば、コロッケ、ハムカツについては紛うことなき肉屋のそれで期待通りのものでした。串カツはおそらくヒレ肉で揚げてあって、柔らかさが印象的でした。噛みごたえのある赤身と脂身が交互に並んだ、ザ・串カツを思い描いて噛みちぎれば、肉の味と柔らかさにいい意味で意外感を抱きます。

特筆、というほどではありませんが、メンチカツには驚かされました。メンチカツそれ自体、店にによって随分味わいが異なります。肉屋のものに限ったとしても、です。

勝手に想像すれば、粗挽き肉をツナギ少なめで十分練り込んだことによる、弾力あるしっかりした歯応えとの旨味を感じました。脂分はやや控えめでしょうか。いずれにせよ、美味しく戴いたことには間違いありません。

そして余計なことですが、この店では揚げたてのカツを、揚げ物用の内側がコーティングされた白い紙袋に入れた後、
新聞紙で包んでくれます。帰宅してもまだ十分温かいカツを口にしつつその保温効果を目の当たりにしました。

新聞もまだ捨てたもんじゃないなぁ
新聞の価値を再評価した次第です。

2016年6月19日日曜日

邪推

自動車の燃費不正問題が結構な騒ぎとなっています。

で、以前のエントリでも少し触れているのですが、燃費偽装が行われているならば、鮮度偽装があってもおかしくないなぁ、と改めて思いました。

蒸し返します。
0〜2℃の凍る直前、0〜-3℃の微凍結といった温度下であれば、通常の冷蔵保存より長期間の保存が可能
例え上記機能を謳う冷蔵庫であっても、鮮魚、精肉などの生鮮食品を購入、保存する際、その使用者が記載された消費期限を気にしないとは思えません。”パーシャルだから風味の劣化もなく、大丈夫のはず”と、そこまでチルドやパーシャルでの保存に信頼を寄せられるものでしょうか。

やはり生鮮食品では依然消費期限が意識され、殆どの場合その期限内に使い切られており、期限を超えて保存されることは少ないのが実のところのような気がします。

該機能によって、消費期限の過ぎた生鮮食品を躊躇うことなく口にしている世帯が増えているようには見受けられないのです。(勿論超過した程度にもよります。少しとかちょっと過ぎたという話ではありません。)

こういった意識下では”鮮度が長く保持される機能”も十分活用されないのではないか、更に、十分活用されないことを前提にすれば鮮度保持性能の偽装も起こり得るのではないか、そんな杞憂が脳裏をかすめた次第です。

2016年6月14日火曜日

墓標(追記あり)

ここの処、城郭やその石垣の復元、再建についての話を見聞しました。
進む石垣修復 白河の小峰城
2020年までに名古屋城の天守閣を木造復元させる計画があるって本当?
<熊本城>石垣修復費用354億円 文化庁試算
姫路城 平成の修理
こういった古城の復元事業に対し、なかなか素直に支持できない違和感を抱いており、少し記します。

該事業は公共事業であり、直接間接を問わず事業の原資が公金であるのは間違いない処です。で、その事業目的は観光資源の確保文化遺産の保護とされています。

ただ、城本来の存在意義を鑑みた時、果たして古城の復元は公共事業としての適切性に疑問を持ちました。日本において城は元々、戦、合戦の基地、砦として、支配者の権勢を示威するオブジェとして、或いは日本全体の統治者(徳川家)が各藩、特に外様大名家財政を疲弊させるための方便として利用されてきた、と理解しています。

観光資源、文化遺産としての意義など当初はなく、城を復元、再建してまで観光資源とする必然性はないんじゃないかと。勿論、現在の日本で城を使った戦、内戦など想像すらできません。国家が地方自治体の財政を疲弊させることも動機がありません。地方自治体の首長が権勢を示威する...これはその当時ほどあからさま、直接的ではないにしてもモニュメント、墓標としての意味合いを含めれば完全な否定はできないかもしれませんが。

即ち、城本来の目的はほぼ失われているわけです。言い換えれば再建してまで城を観光資源とする必然性はない、ということです。観光資源が必要で、そこに公金を投入するならば、城に拘ることなくもう少し知恵を出して他の選択肢も考えるべきです。必要ならですが...

公共事業の無駄、公務員制度の改革がやたらと新聞紙上を賑わせた際耳にした、ハコモノ行政と何ら変わりありません。むしろ典型例ではないでしょうか。ハコ、巨大な建造物建設に莫大な公金を投じて、何をどれだけ生産しようという目論見なのか、理解できないでいます。

例えば、白河小峰城の石垣修復で50億円、名古屋城天守閣の木造復元では最大504億円、熊本城では石垣修復で354億円の事業費が見込まれています。まず事業ありきの印象は否めず、適切な費用便益分析ができているとは思えないのですが。こういった巨額の公共事業について、これまでの費用便益分析の検証結果を糧としているのでしょうか。公共事業についてより高精度の生産性評価が為されるべきです。性懲りもなく、同じ轍を踏む図が思い浮かびます。

尤も、損失が累積し負債が問題になる頃には、決定権者を含めた関係者が非当事者になっているのは確実です。維持管理費も含め、負担が継続的に後世に受け継がれていくわけですが、”責任を後世に先送りする”という意味では民主主義社会が具現化されている、と言えるのかもしれません。

抗えない民主主義の負の側面ではありますが、だからといって目を背け続けていても愚が繰り返されるばかりです。

城を再建するのであれば、本来の機能を鑑みて近代戦に対応した基地、砦、シェルターでもいいじゃないかと。観光資源としてして捉えるならば、タワー、塔、巨大観音像、実物大ガンダムでも、もう少し他に何かないのかと思ってしまいます。公金に頼りさえしなければサグラダ・ファミリアでも構いませんけど...
――400年の歴史を積み重ねた石垣です。再び数百年の風雪に耐えられるよう、以前と同じ状態に修復します。――
何かの記事で目にしました。いや、城本来の存在意義が失われた現在、400年の歴史があるからといって再建の根拠には乏しいわけです。崩落も又一つの歴史です。安全対策を施した上で、
――よく保ったなぁ400年も。ここらでお役御免にしとこうか。今後は城址として残しておこう。――
といった向き合い方でいいんじゃないかと。

”国破れて山河あり。城は在っても民はなし。”数百年の歴史に耐えられるよう再建しても、少子高齢化の果て人口減で人がいなくなってしまっては...天空の城じゃあるまいに、城を再建するならその資源を保育園建設に振り向けろ、ということです。

少子化、人口減、それに伴う社会保障費の増大への対策を蔑ろにする一方で、声高に文化だ、伝統だと叫んで、城郭やその石垣の復元、再建に注力しても現世代の自己満足に過ぎない、といった感が否めないわけです。まだ世に出ぬ後世に思いを馳せれば、他に目を向けるべき部分はそこじゃないだろうと。
――金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。――
城の復元が人を残す事業でないのは確かです。
2019年10月の消費増税も延期すれば、財政再建計画は崩壊する
といったブログエントリがあったとしても、城の復元云々をやっている間は消費増税を延期し続けて大丈夫なのかもしれませんが。


ところで、各地の城郭、石垣の復元は首長の理解、承認、支援なしには遂行不可能な事業です。換言すれば、なぜ首長は城を含めた建造物を建設、再建したがるのでしょうか。かつて為政者の役割を担っていた、各地の大名、武将、有力者が権威を誇示して己の存在を標しておきたい、ということと同根のものを感じてしまいます。モニュメント、記念碑、墓標
の意味合いを含んでいるような...

昨今、引継者、管理者が不在という理由で、お墓を解体・撤去する廃墓、いわゆる墓じまいの件数が増加しているようです。首長の墓標ともみなし得てしまうような公共の建造物についても墓じまいを検討することが必要ではないかと考えます。

2016年6月7日火曜日

桑原

原則として日祝日にはスーパーには近寄らないことにしています。混んでますし、頭がちょっとアレな方、不快な場面に遭遇することが少なくありませんから。

偶々所用があって日曜日に立ち寄った時のことです。予定の商品をかごに入れてレジに並びました。前に二人買い物客がいて、私が三人目といったところです。レジ台には商品の入った次の客のカゴが置いてありました。

で、よく見るとカゴの後ろにポリ袋に入ったパンが...店内のベーカリーで焼かれた数個入りのバターロールだったかと。カゴにも入れられず私と前の客の間にぽつんとある状態です。
――これはお客さんが買う(つもりの)パンですか?――
前客の会計の段になって、当たり前ですが、まぁそんな意味合いのことをレジ係は尋ねるわけです。前客の”違いますの”返事の後、私にも同様に尋ねられ、違います、と応じたのは勿論のことです。

前客の精算が終わって、レジ係が私のカゴ内の商品をレジ打ちにとりかかろうとするその時、どこからかカゴを持った男性年配客がやって来ました。
――あれっ!レジの順番飛ばされちゃったか。――
宣うには、パンを置いてレジの順番を取っておいたと....
その場から離れてレジの順番を取っておくために、精査前の商品である袋入りのパンを置いておく...なかなか初めての場面でした。他のレジも含め大体一人二人程度の待ちだったんですが。

勿論、注意などするはずありません。そういった行為を何ら臆することなくできでしまう、ちょっとアレないい年をした年配者に何を言えと...
――お客様、こちらのレジへどうぞ――
言われるままに隣のレジへと移ったのでした。”くわばら、くわばら”と呟きながら。

2016年6月1日水曜日

枯渇(追記 追々記)

前のエントリに関連してですが、やはり問題は舛添辞任後ではないかと。

2014年東京都知事選挙の結果を顧みれば、人材が払底しています。で、現都知事が選出されたわけです。
野次を飛ばさない政党、候補者を支持したい 
に比肩する話かもしれません。

(6/1追記)
タイミングがずれていたら乙武洋匡が都知事候補として取り沙汰されていたのではないでしょうか。いかに人材が払底しているかを表す証左かと。

(6/4追記)
――人工知能そのものに倫理観はない――
偶々、NHKスペシャル 天使か悪魔か 羽生善治 人工知能を探るを見ていて放送中に出た文言です。

一方、
――道義的、倫理的な面でも指導頂く――
5/27の記者会見で舛添都知事が述べた言葉です。いや、もう新都知事は人工知能でいいんじゃ...倫理的規範は学習させればいいわけですから。