2015年5月23日土曜日

想定

ドローンの自律機能に習って、もう少し自律できないものかと思います。

ドローンに纏わる報道が世間を賑わしています。その中で、
三社祭でドローン予告、15歳逮捕 威力業務妨害の疑い
少年は今月1日に京都市の東本願寺付近、3日に兵庫県姫路市の姫路城付近でドローンを飛ばし、「人混みで落下すると危ない」と警察から注意され、9日には長野市の善光寺で、法要行列の間に落下したドローンを操縦していたとして長野県警に指導されていた。また、国会近くなどで再三ドローンを飛ばそうとする様子をインターネットで配信。警視庁が少年を保護し、注意していた。
が耳目を集め、更に、
ドローン:善光寺や姫路城…15歳少年、支援金で賄う?
ドローン逮捕少年を「支援」 25万円提供の男性が出頭
 といった話に発展しています。少年の動画配信を促し、経済的支援をする人物がいたと。

リテラシー、倫理、道徳、未成年、情報技術、過信、立法化、不当逮捕、教育、規制と緩和、バカの可視化、煽動、メディア、無人、及び自動操縦技術といった様々なキーワードが連想されました。思ったところを記してみます。



まず、”少年”、”未成年”といった部分は切り離しても構わないと考えます。メディアが衆目を集める枕詞かと...バカはどこにでも、あらゆる年齢層にいるわけで、本件が偶々少年によって引き起こされたに過ぎない、ということです。

これまでもツイッターに代表されるSNSでバカが可視化されてきました。少年でなくても、
USJで迷惑行為を繰り返した大学生ってどんな人?
といった事例もあります。最近では、自称ネットアイドルが、都内の交番で踊ったり、 20代の男が金銭を請う物ごい行為の動画が投稿されたりしています。

この可視化は情報技術の発達に依るものですが、生産や、制御技術の普及、パーソナル化に伴って、バカがネットワーク内に収まりきらず、現実社会に漏れ出つつあるというわけです。
3Dプリンター銃製造事件
を鑑みれば、本件に未成年であることによる特異性は見出せません。

こういった騒動を引き起こす共通した原動力は自己顕示欲、承認欲求から発せられている、といった推測には概ね異論はありません。そういった力を抑制、制御できない思慮分別の無さは未成年であるが故ではない、ということです。

保護者の監護下にあって、それまで僅かな失敗経験しか持ち合わせていない年少者の場合、自らの行為の及ぼす結果を想定する力が不十分かもしれません。その結果、衝動に対し弱い抑制力しか働かず、バカが可視化されがちになる、ということも考えられますが、本質的には想定力の程度に依るのではないでしょうか。この力は必ずしも年齢のみに相関するものではないとみています。



本件で、少年であるが故という部分があるとするならば、それは自らの置かれた状況から来る疎外感ではないだろうか、と想像します。

家庭、学校、地域、社会といった集団の中で、ヒトは成長とともに徐々に馴染んでいくだろうと...言い換えれば、コミュニケーションを通じて相互に折り合い、迎合し合う能力を身に着けていくだろうということです。

穿った見方と承知していますが、
何らかの原因で集団に溶け込めず、退学と不登校、家庭内に引きこもる。
で、家族からも疎外感を抱き、自分の身の置き場を確保しようと自立を図る。
とは言っても、職業経験のない少年が糧を得る手段などそうそうなく、動画投稿による収入程度しか思いつかなかった。
動画投稿という手段の選択も、それで糧が得られるという発想も安易というか浅知恵ですが、頼らざるを得なかったのでしょう。自分のアイディアを動画にして投稿すれば稼げる、稼がなければならないと...

リアルな社会で、集団におもねらず、馴染めなかった少年は、バーチャルな空間を通じたネットワークの向こう側にいる支援者に媚を売り、且つ煽られて行動がエスカレートしていったのではないでしょうか。

この歯止めの効かない仕組には悲壮感にも似た印象を抱かせます。

 こういった事態を招かない、或いは、回避するための方策について、様々な方々が各々の立場から提案されています。

ドローン操縦の免許制、購入時の登録制導入だったり飛行区域についての規制等、ドローンに関する規制に加え、

ドローン絡みで世の中がゴタゴタしているようです
ネット事業者は未成年の将来を台無しにしていることを自覚した方がいい
動画共有サイトを通じて支援者となった大人(囲い)の対応を問うたり未成年による該サイトの利用に対する機能制限を求めたりされています。

”総合的な学習の時間”での情報リテラシー教育、道徳教育、キャリヤ教育に結びつけた話に広がっていたりもしているようです。


ドローン少年事件から、既存のキャリア教育が危ういと感じた件
では、これらの提案を実現することはできるのか、或いは実行されていたならば、本事態は回避し得たのでしょうか。同じ愚が繰り返されないための方策という点からも、効果を考えてみると、なかなか難しいのではないだろうか、というのが率直な印象です。

件の少年は難関中学に入学後不登校になっています。その後地元公立中学に転校、卒業しています。仮に学校にリテラシ教育に関する適切なカリキュラムが用意してあったとしても身についていたとは思えません。

勿論、道徳教育も含めて用意されているカリキュラムが適切とも思っていませんが...

支援者となった大人(囲い)の対応に期待するのも、風俗店で来店客が風俗嬢に注意、忠告するようなもので効果は期待できないとみています。

未成年に対する動画共有サイトの機能制限は確かに効果的かもしれません。収入の道を閉ざすわけですから。ただ、コンプガチャを規制する以上に法的根拠に乏しいような気がします。ユーザー間の投げ銭行為を規制できるのでしょうか。

更に、ドローンの飛行規制と併せて対症療法のように思えます。本件と同じ場合なら即効性はあるかもしれませんが、
IT絡みでバカが何かしでかして騒動を起こす
ことに対する根治には繋がらないということです。

以前のエントリで
乙武洋匡氏の入店拒否騒動”やSNSによるバカの可視化”について触れていますが、本件にも共通したもの感じています。それは、
リスクを想定する力の欠如
に他なりません。自らの行為が引き起こすかもしれない危険、事故、炎上、騒動といった負の事態を想定できないということです。

想定力は本来ITとは無関係です。その一方で、SNSに代表されるITによって自らの行為に関する情報が瞬時、可逆的に拡散する現在、以前にも増してリスクを想定する力が不可欠になっていると考えます。

本ドローン騒動で言えば、事の善悪はともかく、墜落や傷害事故の可能性とその危険性を想定できれば、自重、若しくは操作の習熟も含めた周到な準備に思いが及ぶかと。

従来からある、ラジコンのヘリコプタや飛行機ををどこで飛ばすか、との問には落ちても危険のない処という答えは当然のように出てきます。ドローンは特別だったのでしょうか。

おそらくここに技術に対する過信があったのかもしれません。最新の技術が盛り込まれた、自律的な姿勢制御を行う飛行体...落ちるわけがない、落とすわけがないと...

思い込みが激しく、稼ぐ必要に追い込まれている15才の少年なら、物事を全ていいように解釈していても不思議ではありません。

世界に誇る技術力と自負し、日本の優秀な研究者、技術者を含む産官学が一体となって推進してきた、原子力発電ですら、安全神話に囚われ、絶対安全と思い込んだ結果があの有様ですから....
  • 信号無視
  • 指定場所における一時不停止
  • スマホを操作しながらの運転、
等は危険行為に該当することになります。こういった行為による交通事故が耐えないことが規制強化繋がったようです。これもリスクを想定しない、できない好例です。で、規制に頼らざるを得ないと...

斯様にリスクを完全に想定するということはなかなか難しいわけですが、私達の判断、考察、言動を決定する礎の一つです。であるが故に教育の分野でもう少し目が向けられてもいいのではないでしょうか。

電子教科書、IT、道徳、リテラシー、グローバル化等の流行りに乗じたカリキュラムを課す以前の話です。与えられた事実、条件、材料、状況といった既知の情報を基に、そこから何が有り得るか、起こり得るかを想定する力を涵養する、そういった教育こそが全てに先んじられるべきと考えます。

0 件のコメント:

コメントを投稿